第25話 続 クロウと少女

 ちょっとしたトラブルはあったものの、クロウは人気のない一角に降り立つと担いだままの少女を地面に降ろした。


「ここどの辺なの?」


 少女はキョロキョロと辺りを見回すと、クロウと目が合った瞬間先程の醜態を思い出したのか、顔を赤くしてサッと目を逸らした。そんな少女にクロウは苦笑して見せると、気まずそうに頬を掻いた。


「あー……すまん。実を言うと俺、帝都は初めてでさ」

「そうなの? じゃあさ、助けてくれたお礼に私が案内してあげるよ!」


 そう言うと少女はクロウの手を握り歩き出した。自分とそう歳も変わらない異性と手を繋いで歩くなんて経験のないクロウの顔は次第に赤くなっていく。


「あ、案内ってここがどこかわかんないんじゃねぇのかよ?」

「大丈夫、大丈夫! 歩いてりゃそのうち大通りに出るって! そうだ、アンタ名前は?」

「え、ああ。クロウだ」

「そ。私の事は『アンネ』って呼んで。 クロウは何処から来たの?」

「ビルポケットだよ。そこの学術院に通ってんだ」

「え? じゃあ帝都ここには何しに来たの?」

「ああ、それはーー」


 クロウが帝都に来た理由とドロワでの出来事をおもしろおかしく語ってみせると、よほどツボにはまったのか、模擬戦の話を聞いたアンネは腹を抱えて大笑いし、その笑い声に苦情を言うためにフライパン片手に民家から飛び出してきたおばちゃんから逃げるという一幕があったものの、二人は無事大通りへと出る事が出来た。


「はあー。こんなに笑ったのは久しぶりな気がする」


 アンネは繋いでいたクロウの手を離し目尻に浮かんだ涙を拭うとクルリと身体を回転させクロウの正面に立つ。


「ね、クロウ。私アンタの事気に入ったわ。帝都ここに住みなさいよ! 住む所や仕事は私が紹介してあげられるからさ!」

「そうだなー。学術院卒業して仕事見つかんなかったら、そん時は世話になろうかな」

「そう言う事じゃ……ってヤバ!」


 クロウの返事に不満げに頬を膨らませていたアンネの表情が一瞬にして変わる。その表情の変化を不思議に思ったクロウが振り返るとその理由がわかった。二人からまだ距離はあるものの、先ほどの男達の姿があるのだ。しかも今回は何故か多数の兵士まで引き連れている。


「お前、一体何したんだよ?」

「そ、それは……」


 アンネは何かを言おうとしたものの、言葉が出てこないまま俯く。そんな様子のアンネに向かい軽く息を吐き背を向けて歩き出したクロウの腕を掴もうと伸ばしかけた手をアンネは悲しそうな表情で止める。アンネの行動を知ってか知らずか、クロウはぽりぽりと後頭部を掻くとアンネと顔を合わせる事無く呟いた。


「ちょっとばかし時間を稼いでやるから、その間に逃げな」


 アンネとクロウに気付いた男の一人が指差しながら何事かを叫ぶと、兵士達が一斉に走り出した。それを迎え撃つべくクロウも身体強化を発動させ駆け出す。


 一瞬にして眼前に現れたクロウに驚き、動きの止まった兵士の足を払い転ばせると兵士の手から零れ落ちた銃を拾い上げ魔力を充填しつつ飛び上がり、空中で身体を回転させながら兵士達の足元に向けて威嚇射撃を繰り返す。

 チラリとアンネに視線を向けると、頭の両サイドで結んでいた髪を解いているのが見えた。舌打ちするクロウの頬を光弾が掠める。反撃しようと銃撃してきた兵士に銃口を向けたものの引き金を引くのを躊躇い、代わりに銃そのものを投げつけると顔面に銃が当たった兵士が鼻血を噴出しながら、運悪く外の様子を見に出てきた飯屋の客を巻き込み倒れていく。


 着地したクロウを目掛け左から右へと薙ぐ兵士の警棒を屈んで避け、兵士の腕を左手で掴むと右手を兵士の身体を這わせるように振り上げ顎に拳を叩き込む。脳震盪を起こし膝から力の抜けた兵士を盾代わりにしながら銃を構えた兵士に向かい走り出す。さすがに仲間を撃つ事は出来ないらしく、一瞬動きが止まった兵士に向け盾代わりの兵士を突き出すと後頭部からもろに倒れていった。兵士達の唇が重なっていたのを見ないことにして兵士達に指示を飛ばしている強面の男に視線を向ける。先程の股間への一撃が尾を引いているのか、咄嗟に両手で股間をガードする男にニヤリと笑って見せると男の顔が青褪めていく。この強面の男を沈めれば逃げられると判断したクロウが落ちていた警棒を拾い上げようとした瞬間。


「双方、そこまで!!」


 辺りに女の声が響いた。その声に従い、兵士達と強面の男達はその場に跪く。その場の様子に呆気に取られながらクロウが振り返ると、そこには髪を解いたアンネが佇んでいた。


「皇女アンネローゼが命じます! 兵は直ちに退きなさい!」


 アンネの言葉にクロウは思わず口元をヒクつかせると搾り出すように呟いた。


「うっそぉぉぉぉん……」

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