第23話 シャルローネとアーヴィング再び城へ行く

 使者に連れられ再び城を訪れたシャルローネとアーヴィングが通されたのは軍議の間だった。

 あからさまに顔を顰めたシャルローネは円卓に座る面々に挨拶する事無く歩を進め、空いていた椅子に腰を降ろし、入り口で立ち止まっていたアーヴィングに向けチョイチョイと手招きすると隣の席に座るよう促すが、アーヴィングは椅子には座らずシャルローネの背後に陣取る。

 いくら皇后の実弟とはいえ一介の教師に過ぎないアーヴィングとしては名だたる重鎮達と卓を同じにするのは遠慮したいようだ。


「おやおや、宮廷魔術師殿もようやく身を落ち着ける決心をなされたのかな?」


 シャルローネの対面に座る派手な指輪をいくつもつけてやたら着飾った脂ぎった男がそう言って笑うと、他の男達はそれにあわせ笑い出したり、値踏みするような視線をアーヴィングに向けたりと様々な反応を見せる。


「ゴドウィン卿、それはアーヴィングコイツが皇后陛下の実弟と知っての言葉かい? そうか、コイツと結婚したらアタシは陛下の義妹になるのか。それも悪くないかもねぇ」


 おどけた様に言うシャルローネの言葉に集まった重鎮達が皆一様に顔を青くする中、アーヴィングは思わず彼女の後頭部を軽く叩く。どうやらアーヴィングの事を知らなかったらしい。

 もっとも、ギルバートとエリナの結婚式にアーヴィングは出席していなかったし、アーヴィング自身帝都に寄り付こうとしていなかったのだから無理も無いのだが。


 アーヴィングが自分に向けられる視線に居心地の悪い思いをしていると、扉が開きギルバートが姿を現した。重鎮達は慌てて立ち上がると揃って頭を下げる。

 そのタイミングの良い登場を訝しみながらも、アーヴィングが皆に合わせ頭を下げようとしているとギルバートと目が合った。

 ニヤリと笑うギルバートにアーヴィングはそっと息を吐き出す。アーヴィングの思ったとおり、何らかの手段で中の様子を覗っていたのだろう。


「皆、よく集まってくれた。礼を言う」


 重々しい言葉と共にギルバートが腰を降ろすと、やや間を空けて重鎮達も腰を降ろし始めた。


「先程アライド領からの早馬が着いた。領内にあるカルータスの森で森林火災が起こったそうだ。その際隣国カラムの兵士と思しき怪しげな集団を発見し追跡を行ったものの、途中で見失ったらしい」

「なんと!? そのような集団を取り逃がすとは情けない! 領主殿は兵の鍛錬を怠っていたのではありませぬかな!?」

「ゴドウィン卿の仰る通りですな! 陛下、領主殿には何らかの罰を与え、カラム王国にも抗議するべきだと愚考いたします」

「それは早計ではありませぬか? まずは被害の確認をすべきでしょう!」

「何を言うか! 被害の確認そんな事より賊を捕らえるのが先であろう! 卿はならず者達を放置せよと仰るのか!?」

「誰もそんなことは言っておらんだろう!」


 男達の唾の飛ばし合いを他所にシャルローネは一人眉間に皺を寄せる。カルータスの森の再調査に難色を示していたアーヴィングが学術院を離れたタイミングで起こった森林火災。これを偶然の一言で済ませるにはあまりにも都合がよすぎるのだ。そもそも隣国カラムの兵士が国境越えという危険を冒してまで森を焼いたというのが腑に落ちない。


「陛下、この件アタシに預からせてもらえないかねぇ」

「これはこれは。宮廷魔術師殿が一体何をなさるおつもりかな?」

「いやいや、それよりも! その口の利き方は不敬ではないか!?」


 今度は自分に噛み付いてきた重鎮達にげんなりしながらシャルローネがギルバートに視線を向けるとギルバートは鷹揚に頷いた。


「良いだろう。宮廷魔術師シャルローネよ、アライド領に赴き此度の件の調査を命ずる」

「なっ!? 陛下!?」

「黙れ、ゴドウィン卿! 我が命が不服か?」

「い、いえ! 滅相もない!」


 口ではそう言いつつもゴドウィンは憎々しげにシャルローネを睨みつける。そんな中、場の空気を読む事無く軍議の間の扉を荒々しく開け、息を切らせながらエリナが飛び込んできた。


ギル・・! アーゼが! アーゼが何処にも居ないの!」


 慌てた様子のエリナに襟を掴まれガックンガックンと前後にゆすられるギルバートからは皇帝としての威厳はもはや感じられない。


「陛下! このゴドウィンにお任せください! 必ずや姫様を探し出して見せましょうぞ!」


 いち早く口を開いたゴドウィンがドタドタと足音を響かせながら軍議の間を出るのに続き、残りの重鎮達も退室していく中、残ったのはギルバートとエリナ、それからシャルローネとアーヴィングだった。


「落ち着けって、エリナ。どうせあのじゃじゃ馬の事だ、また城を抜け出したに決まってる。まったく一体誰に似たんだか」


 そっとエリナの手を握るギルバートにアーヴィングとシャルローネは心の中で呟く。間違いなくあんた等二人だよ、と。

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