第22話 クロウ、屋敷を抜け出す
夕食を終えたクロウは与えられた客室のベッドに寝転び、ぼんやりと天井を眺めながらアーヴィングの言葉を思い出していた。
「卒業したら……か……」
そもそもクロウは学術院に入る気など無かった。
港町で育ったクロウはその広大な海の向こうに思いを馳せるでもなく、毎日毎日ゴロツキ相手に喧嘩三昧。
そんなクロウを見かねた親代わりの祖父が強制的に学術院の入学を決めたのだ。
アーヴィングが言うように軍に入るなんて選択肢はないし、故郷に帰り漁師になるかと聞かれてもそれはそれで何か違う気がするクロウ。
結局のところやりたい事なんて何も無いのだ。
将来の事を考えるなんて自分らしくないとばかりにガリガリと頭を掻き身体を起こすと、窓の外に視線を向ける。
日は沈んだものの、あちこちに立てられた明かりを灯す魔道具のおかげで真っ暗闇というわけではない。
部屋の窓に足をかけ、これじゃあカチュアの行動をどうこう言えないな、なんて考え自嘲気味に笑い身体強化を使って屋敷を飛び出したのとほぼ同時刻、屋敷に城からの使者が来ていた事をクロウは知らなかった。
身体強化を発動させたまま、幾つかの名前も知らない貴族の屋敷の屋根の上を走り徐々にその速度を上げていくと、クロウはエリアを分ける城壁を目掛け屋根の端から飛び上がる。
予定より少々高度が出たものの、眼下に広がる幻想的な夜景に思わず口笛を吹く。
城壁の上に着地するとそのまま飛び降り、物陰に隠れ辺りを覗う。
幸い誰もクロウには気付いていないようだ。
昼間ほどではないが、それなりにある人の波に紛れクロウは歩き出す。
このエリアは様々な種類の商品を扱う店が軒を連ねていた。
とはいえ、その多くは平民が簡単に手を出せるような金額ではないのだが。
店を冷やかしながら歩くクロウの鼻を付近にある飯屋から漂ってくる香りがくすぐり、ほんの少しだけ故郷の事を思い出させる。
店の前で立ち止まっていたクロウを訝しげに見る店員に、愛想笑いを返し再び歩き出した時、クロウの肩に僅かな衝撃が走った。
「ちょっと! 何処見て歩いてんのよ!?」
ぶつかった際に転んでしまったのか、尻餅をついたまま文句を言ってくる少女にクロウは慌てて手を差し出す。
「悪い。ちょっとボーっとしてた。怪我してねえか?」
クロウの手に掴まりムスッとした表情のまま立ち上がった少女は、舌打ちするとクロウの手を払いのけ慌てて走り出した。
「お、おい!?」
「うるっさい! 私はアンタなんかに構ってる暇はないのよ!」
捨て台詞と共に走り去る少女を追うべきかと逡巡するクロウの側を強面の男達が駆けて行く。
先程の少女はこの男達に追われているようだ。
クロウは自分には関係ないとばかりに少女が走り去ったのとは別方向に歩き出す。
しかし、数歩歩いたところで立ち止まる。
「ああっ! もうっ!」
そう叫んだクロウは乱暴に頭を掻き、踵を返すと少女を追って走り出した。
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