第20話 セレーネ

 ギルバートとエリナが対面のソファーに腰を降ろすと、指についた菓子の屑を舌でペロリと舐め取り、先程までとは打って変わって真面目な表情を浮かべるシャルローネ。


「さて、まずはカルータスの森の調査報告なんだけどねぇ、未知の魔物どころかゴブリン一匹見当たらなかったよ」


 校外実習前に学術院が行った調査で群れを発見したとの報告を受けていたギルバートは、シャルローネの報告に眉間に皺を寄せる。

 雑食性で繁殖力のすさまじいこの魔物が、一部の地域とはいえまったく発見されないなどギルバートには到底信じられるものではなかった。


「そんな馬鹿な……」

「事実だよ。アタシも森に入って確認したからね。そこでだ、原因を調査するためにも、もう一度当時の状況を再現したかったんだけど……」

「俺は断固として反対だ!」

 

 腕を組んで鼻息を荒くするアーヴィングの隣でシャルローネは肩を竦め頭を振る。


「この通り、アーヴィングが反対していてねぇ」

「ふぅむ。俺も反対だな。何が起こるかわからん」


 ギルバートまで反対するとは思っていなかったシャルローネは少し困ったように頭を掻き、息を吐き出すとその視線をギルバートへと向けた。


「……セレーネ」


 シャルローネの呟いた古代語で『月』を意味する言葉にギルバートは目を見開き、アーヴィングは首を傾げる。


セレーネそれって確か、御伽噺に出てくる古代の王国の名前よね? アーヴィング、覚えてない? 昔よく本を読んであげたじゃない」

「そうだったか?」


 アーヴィングの返事に子供のように頬を膨らませるエリナの隣で、次第に青褪めていくギルバートが重々しく口を開いた。


「……これは家族としてじゃない、皇帝としての言葉だ。これから話すことを口外する事を禁ずる」


 皇帝としての威厳を見せるギルバートの姿に、アーヴィングが思わず唾を飲む。


「……御伽噺なんかじゃない、セレーネは実在していた。昨今開発されている魔道具の基礎はセレーネの技術を模倣したものだ。高い技術力は今の我々人類では完全に再現する事など出来ないが、彼等の真の恐ろしさはそこじゃない。今とはまったく違う体系で行使したとされる魔術だ。彼らは時間をも操り、死者を蘇らせる事すら可能としたらしい」


 ギルバートはテーブルの上の水差しからゴブレットに水を注ぐと一気に煽る。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ。なんでアニキはそんな事を知ってるんだ?」

「皇帝と宮廷魔術師にのみ語り継がれるこの国の秘密ってのがあるのさ。だからエリナ姐さん、鉄拳制裁は勘弁してやっておくれ」


 ギルバートの代わりにアーヴィングの疑問に答えたシャルローネの言葉は、ギルバートの隣で笑顔のまま拳を握り締めるエリナに向けられたものだった。


「さて、話を戻そうか。カルータスの森でアタシが見つけたのは朽ち果てた祠さ、セレーネの紋章が刻まれたね。しかも、その祠を中心に何らかの魔術が発動した痕跡があったのさ。もっとも、何の魔術が何をきっかけに発動したのかは、見当がつかないけどねぇ」

「それじゃあなにか?! そんな危険な代物がある場所にお前は子供達をもう一度向かわせるつもりだったてのか?!」

「あのねぇ、この国そのものが危ういかもしれないんだよ!? そんな事を言ってる場合じゃないって事くらいわかるだろう!?」

「二人とも、そこまでだ!」


 いがみ合い始めた二人をギルバートが一喝する。

 

「とにかく話はわかった。皇帝としての命は後日伝える。二人とも、今日はもう下がってくれ」


 ギルバートの言葉に従い執務室を出て行くアーヴィングとシャルローネ。

 この数時間後、二人は風雲急を告げる知らせとドロワ学術院からの苦情に頭を抱える事になる。

 

 

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