第16話 女神、キレる

 翌朝、シャルローネの家紋が刻印された豪華な馬車に揺られ、ドロワに着いたクロウたちは校門前に待機していた教師に案内されながら、リブール学術院とは違う校内の雰囲気と生徒達から向けられる視線に戸惑いつつ、学長室へと向かっていた。

 リブール学術院の雰囲気はよく言えば賑やか、悪く言えば喧しい。

 それに対しドロワはと言うと、歩きながら会話をする生徒やクロウのように制服を着崩した生徒がまったく居ない。

 口を開く事無く背筋をしゃんと伸ばし歩く様に、小声でまるで軍隊だと漏らしたクロウに案内役の教師の視線が刺さる。

 並んで歩くエリスに脇腹を小突かれたクロウは不承不承ながら軽く頭を下げると、学長室に着くまで口を開くことは無かった。


 学長室へと通されたクロウ達を迎えたのはドロワ学術院学長ケネス・バジャックとクロウ達が滞在中所属するクラスの担任、ダンケル・シュナイドの二名。

 机に両肘を立て手を組んだケネスとその斜め後ろに立つダンケルから向けられる視線はお世辞にも友好的といえるものではなく、クロウ達四人を蔑むものだった。

 リブールに比べエリート思考の強いドロワ学術院。

 そこに通う生徒は全て貴族の子女であり、それを指導する教師達もまた貴族。

 そんな彼等からすれば貴族平民の入り混じった学術院に通うクロウ達に友好的な態度を取るなど馬鹿げているとしか言えないのだろう。


 そんな二人の態度にエリスはこっそりと息を吐き出すと、一歩前に進み出て両手でスカートの左右を摘まみ少し持ち上げ、片足を後ろ側に引きもう片方の足をまげて腰を落とす。

 

「この度は私達、リブール学術院生徒の為に学舎の開放、真に有難く存じます。ドロワ学術院の皆様のお時間の無駄とならぬよう、鋭意精進いたします」


 やけに手馴れたエリスに唖然としつつも、クロウ達三人もエリスに倣い頭を下げると、ケネスは鼻を鳴らした。


「この機会に貴校との差を実感すると良い。くれぐれも我が校の生徒達に悪影響を及ぼす事のないようにな」


 そう言うとケネスはもう話す事は無いとばかりに口を噤み片手を挙げると、それを合図にダンケルは一言着いて来いとだけ呟き、学長室を後にした。


 ダンケルに連れられ、入った教室の階段状に設置された席に姿勢正しく座る生徒達。

 彼らから向けられる視線もやはりクロウ達を小馬鹿にしたものだった。

 生徒達の視線を咎める事無く室内を一度見回したダンケルは教卓に手を付き口を開いた。


「彼等が先日話したリブール学術院の生徒達だ。どれくらいの期間滞在出来るかは知らんが、怪我などさせないようにな」


 その言い様に後ろから一発殴ってやろうかと拳を握り締めたクロウの手を、カチュアがそっと掴む。


「ダメだよ、クロウ。ボクだって我慢してるんだから」

 

 カチュアの囁きにクロウは舌打ちすると気持ちを落ち着かせようと室内を見回し、ある事に気付いた。

 席は全て埋まっており、クロウ達が座る場所がないのだ。


「ダンケル先生、私達は何処に座ればよろしいのでしょうか?」


 クロウと同様に席がない事に気付いたエリスがニッコリと笑顔を浮かべながらダンケルに問う。

 笑顔ではあるものの、ただならぬ雰囲気を醸し出すエリスに一瞬気圧されたダンケルがわざとらしい咳払いの後に口を開こうとするよりも早く、エリスが胸の前でパンと手を叩いた。


「ひょっとしてこちらの学術院では生徒の実力によって席が決まっているのですか? 申し訳ありません、私の勉強不足でした。で、あれば私達の実力を知っていただくためにも先生ご自慢の生徒のどなたかに胸を貸していただきたいのですがいかがでしょう? まさか怪我させられるのが怖いだなんて仰いませんよね?」

 

 エリスの挑発に数人の生徒が気分を害したらしく睨みつけてくるが、それ以上の行動はない。

 

「こりゃ軍隊じゃなくてよく躾けられた犬だな」

「よせよ、クロウ。聞こえちまうだろ」


 ボソボソと小声で囁くクロウとジェイドの会話が聞こえたのか、それともエリートとしての矜持か。

 

「いいだろう、予定変更だ。全員訓練場へ移動しろ! 模擬戦を行うこととする!」


 興奮気味のダンケルの言葉に従い移動を開始する生徒達。

 その最後尾を歩きながらカチュアはポツリと漏らした。


「ボク……エリスだけは怒らせないようにしよう……」

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