第11話 禁断のクスリ(中編)
「どいて!」
人垣を掻き分け突如気を失ったクロウに駆け寄ると、カチュアはクロウの胸に自分の掌を押し当てる。
掌に伝わってくる心臓の鼓動とクロウの胸板の硬い感触にカチュアは安堵の息を吐き出し、徐にその手を振り上げ、遠慮も躊躇も戸惑いも見せる事無くクロウの両頬を何度も勢いよく往復させた。
「起ーきーろーー!!」
次第に赤くなっていくクロウの頬に周囲がドン引きする中、うめき声と共に薄らと目を開けたクロウは状況がよくわからないまま、何度も自分の頬を叩いてくるカチュアの手を掴み引き寄せると、その勢いに任せカチュアの額に自分の額をぶつけた。
「何すんのさー!」
「そりゃこっちの台詞だ!」
涙目で額を押さえながら睨んでくるカチュアに、クロウは身体を起こすと何処からか差し出された筋肉質な手に掴まり立ち上がる。
そして、痛む頬を擦ろうとしたときに気付いた。
筋肉質な手が未だに自分の手を握っていることに。
「おい、ジェイド。俺は男に手ぇ握られて喜ぶ趣味はねえぞ」
クロウはジェイドの手を振り払おうとするが、ジェイドはその手を離そうとはしない。
それどころか離すものかとばかりにさらに力を込めてくるジェイド。
「おい、離せって……!?」
睨み付けるクロウに答えるようにジェイドはゆっくりと俯いていた顔を上げる。
その頬は何故か赤く染まり、目は潤んでいた。
「クロウ……俺は……俺は……」
にじり寄ってくるジェイドに怖気を覚えたクロウは咄嗟に手を伸ばし、机の上に出したままにしてあった教科書を掴むと自分の顔の前に滑り込ませた。
ほんの数センチ前にある目を閉じたジェイドの顔に教科書を押し付けるとジェイドの手が僅かに緩んだ隙に無理矢理手を振り払い距離を取る。
「ななな何の真似だテメエ!!」
ジェイドの突然の奇行に驚きつつ、クロウはゾワリと襲ってきた寒気にも似たものに慌てて周囲を見回す。
様子がおかしいのはジェイドだけではなかった。
頬を赤く染め潤んだ瞳で見つめられれば、クロウとては悪い気はしないだろう。
それを向けてくるのが女性であれば、だが。
しかし残念な事に、今それを向けてくるのは何故か男子生徒のみ。
「お、落ち着け……お前ら……」
両手を前に出しながら、クロウは一歩下がる。
男子生徒達のただならぬ雰囲気に、完全に包囲される前に逃げ出さないと危険だと直感したクロウは目をせわしなく動かし、突破口を探す。
「……カチュア、教室の後ろの扉……開いてる?」
今目を離すと、ヤられる。
そんな嫌な予感がクロウを襲う中、状況を見守っているカチュアにクロウが小声で尋ねると、カチュアは一度扉に視線を向け、横に頭を振った。
「開けてきてくれると嬉しいんだけど……」
「一週間、お昼ご飯奢ってくれる?」
「三日でどうだ……?」
じわじわと近づいてくる男子生徒達から視線を外す事無く口元を引くつかせるクロウに、カチュアは上手く吹けない口笛を吹きながら、両手を頭の後ろで組む。
「わかった! わかったから! カチュア、頼む!!」
「オッケー!
本気で身の危険を感じ始めたクロウが叫ぶと素早くカチュアが教室の扉に駆け寄り開け放ったのを合図に、クロウは魔力を全身に行き渡らせる。
これがアーヴィングとの特訓で会得した、身体強化の初披露の瞬間だった。
いつの間にか自分達の前から消えてしまったクロウを追い、教室を駆け出していく男子生徒達を見ながらカチュアは呟く。
「材料の配合間違えたかなー……」
残された女子生徒達が乙女の嗜み的な話で盛り上がる中、カチュアは後ろ髪引かれる思いで教室を後にし、自分の研究室と化している部屋へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます