第10話 禁断のクスリ(前編)

 壁に備え付けられた魔道具の照明がチカチカと不規則に明滅を繰り返す。

 学術院にある一室をほぼ私物化している彼女、カチュア・リンクスは出来上がったばかりの黒っぽい一口サイズの固形物を見ながらニィっと口の端を持ち上げた。

 先日漸く手に入れた代物で彼女が長年追い求めてきた薬が出来上がったのだ。

 固形物を摘み上げ、口に入れようとした瞬間。

 コンコンッと扉をノックする音が聞こえた。

 カチュアは招いてもいない来客に対応するために机の上に広げたハンカチの上にそっと固形物を下ろし、不機嫌さを隠そうともせずに扉を開けた。


「よ、やっぱりここに居たか」


 そう言いながら身体のあちこちにガーゼやら包帯やらを貼り付けた同期生の少年、クロウはカチュアの頭に手を置くと幼子にするように彼女の頭を撫でる。


「女の子の頭を軽々しく撫でちゃダメっていつも言ってんじゃんか」


 口を尖らせそう抗議してみるものの、クロウの手をどかそうとはしないカチュア。

 そんなカチュアに苦笑しながら、クロウは視線で入ってもいいかと問いかける。

 その視線にカチュアは溜息を吐きつつ、クロウに入室を促す。


「コレなんだけど」


 クロウは以前カチュアから借り受けていた銃を取り出すと、二人の間にある机の上に置いた。


「小型だし、充填もしやすいんだけど、弾の出力を上げる事って出来ねぇかな?」

「そりゃ、出来なくは無いけど……」

「この前魔物相手に撃ってみてわかったんだけどさ、このままだと牽制に使うのがやっとってとこなんだ」

「なるほどねぇ。実用的じゃないって事かぁ。……うん、やってみるよ」


 カチュアは銃を手に取ると立ち上がり、部屋の隅にある怪しげな実験器具の置かれた方へと歩き出した。

 そんなカチュアを見ながらクロウは少し離れた机に置いてある固形物を見つけるとそっと立ち上がり、机に近づきチラリとカチュアに視線を向ける。

 カチュアが何かを探しているのをいいことにクロウはそれを摘むと何のためらいもなく口の中に放り込んだ。


 ややあって、予鈴の鐘が鳴り始めた。

 その鐘を合図にカチュアは振り返ると、もごもごと口を動かしているクロウを見てピシリと固まってしまった。


「ク、クロウ……? 何……食べてんの……?」


 口元を引くつかせるカチュアを見て、クロウは彼女がよほど楽しみにしていた物を食べてしまったのだと勘違い。

 フラフラと近づいてくるカチュアから距離を取りつつ、まだ口の中に残っていた物を飲み込む。


「……すまん。美味かった」


 それだけ言うと脱兎のごとく逃げ出した。


 とはいえ、逃げ出したところでクロウとカチュアは同期生。

 午前中に受ける授業の教室は一学年に一つのみ。

 チラチラと自分を見てくるカチュアの視線に、クロウは居心地の悪い思いをしながらカチュアと何とか目を合わせないように普段はまともに取らないノートにペンを走らせていた。


 自分の願望のために作り出した薬がクロウにどんな影響を及ぼすのかまったく想像出来ないカチュアはクロウの些細な変化も見逃さないよう本当なら彼の隣に座りたいところではあったのだが、クロウから遅れて教室に入った為空いていた席はクロウの座る場所からは離れてしまっていた。

 それならばと授業の合間の休憩時間にクロウを捕まえようとしてはみたが、授業が終了するとすぐにクロウは教室から逃げ出し、休憩時間の間中カチュアから逃げ回る。

 いっその事クロウが食べてしまったのはカチュアが自分用に調合した薬であることを伝えてしまおうかとも考えたが、何の薬かと聞かれた時に返事に困るため結局それも出来ずに居た。


 そうこうしているうちに時間は過ぎ去り、午前の授業終了を知らせる鐘が鳴り、いつものように食堂へと向かおうとクロウが席を立ったとき、それは起こった。

 

 不意に襲ってきた眩暈にクロウは机に手を付く。

 隣に座っていたジェイドが何事かとクロウの名前を何度も呼ぶが、その声に反応する事無く、クロウの意識は途切れた。

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