第9話 女帝の休日

 カルータスの森から帰還し、一月近く経ったある日の事。

 学術院から少し離れた街中にある、学術院の女子生徒達が暮らす寮の自室に備え付けられた姿見の鏡の前でカチュアは身嗜みを確認すると、もうすぐ昼になるというのに惰眠を貪っているルームメイトを起こさないようにそっと部屋を出た。


 少し丈の短い半袖のシャツにショートパンツ、ニーハイブーツを履いたカチュアは自分ではエロかっこいいと思っているのだが、悲しいかな起伏の少ない彼女に着こなせているとは言い難い。


 寮を出たカチュアが鼻歌混じりに向かう先は街の一角にあるボロッちい外観の怪しい雰囲気の店。

 扉を開けると埃っぽい空気がカチュア迎えるが、特に気にする様子もなく彼女は我が物顔でズンズンと店の奥へと向かっていく。

 

「イラト、こんにちは」


 片手を軽く挙げてカウンターに座る老婆に声をかけると、イラトと呼ばれた老婆は読んでいた本から視線を上げると顔を顰めカチュアを見返した。


「またアンタはなんて格好をしてるんだい……」


 イラトの表情など気にせずにカチュアは似合うでしょと言わんばかりにその場でクルリと一回転。


「嫁入り前の女がそんなに足出して!」

「あー、ハイハイ。そんな事はいいからさー、前に言ってたアレ! もう届いた?」

「まったく……ちょっと待ってな」


 そう言って店の奥へと引っ込んでいったイラト。

 イラトが戻るまで手持無沙汰なカチュアは先程までイラトが読んでいた本を手に取り眺めてみる。

 文字自体は古代文字で書かれているためカチュアに読むことは出来ないが、暇つぶしにでもなればとペラペラとページを捲っていく。


「おやぁ? それに興味がお有りかい?」


 突然背後から聞こえてきた女性の声にカチュアは慌てて振り返ると、その拍子に本を落としてしまった。

 

「ちょっとぉ貴重な物なんだからもっと丁寧に扱いなよねぇ」


 そう言うと褐色の肌をした金髪の女性は本を拾い上げ、本に付いてしまった埃を払い落とす。

 

「ごめんなさい。あの、その本は?」

「んー? これかい? 古代の文明の事が書かれた本さ。ま、もっとも、信憑性があるかは怪しいもんだけどねぇ。それよりも……」


 女性は一度言葉を切ると一度店内を見回すと、再びカチュアに視線を向け首を傾げた。


「お嬢ちゃんは、お孫さんかい?」

「あ、ボクはただの客で、イラトなら今奥に……」

 

 カチュアがチラリと店の奥に視線を向けると、それにつられ女性の視線も店の奥へ。


「こんな店に客ねぇ」

「悪かったね、こんな店で」


 その声は女性がカチュアに疑わしい視線を向けるとほぼ同時だった。

 店の奥から出てきたイラトは抱えていた大きな紙袋をカチュアに押し付けると皺くちゃな手をポンッと彼女の頭に載せた。


「すまないね、カチュア。アタシャちょいと用事が出来ちまった、また今度遊びに来ておくれ」


 イラトの言葉にカチュアは女性の一部を睨みつけもげればいいのにと呟くと渋々ながら踵を返し、歩き出す。

 扉の閉まる音を確認するとイラトは一度息を吐き出し、女性へと向き直った。


「それで、アンタは何の用だい?」

「やれやれ、冷たいんだねぇ。久しぶりに可愛い弟子に会ったてのに」


 イラトの視線に肩を竦めながら女性が答えるとイラトはフンッと鼻を鳴らし、椅子に腰を降ろすと扉の方へとチラリと視線を泳がせる。


「何の連絡もよこさないバカ弟子より、カチュアあの子の方が可愛げがあるよ」


 まるで孫娘を見守る様な表情のイラトに女性はただただ目を丸くするばかりであった。


 イラトの店を出たカチュアはその足を学術院へと向けていた。

 紙袋に視線を落とし、表情を緩ませる。

 漸く手に入ったこの代物を使えば自分の望みは叶うはずだと。

 知らず知らずのうちに歩く速度が上がっていたカチュアの視線の先に見知った人物が居るのが見えた。

 最近やたらと生傷の耐えない彼もどうやら目的地はカチュアと一緒らしい。


 カチュアは小走りで彼に追いつくとその背をポンッと叩き、少し驚いた彼と一緒に学術院へと向かうのだった。

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