第5話 襲撃

 クロウ達が魔術の明かりを頼りに森の中を疾走していた、その頃。


 アーヴィングがたった今、切り飛ばしたばかりの魔物へと一瞥くれると、短く舌打ちした。

 通常魔物はその身の内に大なり小なり魔石と呼ばれる物を保持している。

 屠った魔物の死骸を解体し、その魔石を売る事で金銭を得る事が出来るのだが、今回襲撃してきた魔物達は全て、解体する暇なく塵と消えてしまううえに、そのどれもが奇怪な姿をしていた。

 

 首から下が獣の姿をした頭だけがゴブリンの首を刎ね、巨大な魚に手足の生えたよくわからない魔物の頭に剣を突き刺す。


 学術院の教師になる前は傭兵として各地を渡り歩き、魔物ともそれなりに戦った経験を持つあるアーヴィングですら、このような魔物は見たことも聞いたこともなかった。

 さらにおかしな点がもう一つあった。

 魔物達は馬には目もくれず、ただひたすらに人間のみを標的としているのだ。

 

 戦場の最中、のんびりと草を食む馬達にやや苛立ちを覚えつつ、アーヴィングは空に向かって伸びる光の柱に目を向ける。

 この襲撃は光の柱アレの出現を契機により一層激しさを増した。

 で、あれば光の柱原因の元へと赴けば、この事態は収束するのではないだろうか?

 そう考えたアーヴィングは視線を光の柱から、大口を開けて突進してくるオークの上半身を生やした蟻の魔物へと切り替え、その突進を難なくかわすと頭を振った。


 魔物の襲撃に浮き足立った生徒達はアーヴィングの一喝により、何とか一箇所に集合し、現在は魔術の使える生徒と一年を中心に置き、その周りに二、三年の生徒、最前線には護衛の兵士と教師達を配置した円陣を展開していた。


 方向転換し、再度突進してきた魔物の胴を薙ぎ、視線を円陣の方へと向けたアーヴィングの顔が歪む。

 あろう事か数名の教師が生徒を押しのけ、円陣の中心へと退避し始めていたのだ。

 そんな情けない同僚の所為で薄くなってしまった穴を埋めるべく、剣を肩に担ぎ走り出したアーヴィングの耳に入ってきたのはこれまた情けない悲鳴だった。


「キモイキモイキモイキモイキモイキモーーイ!」

「ボクよりジェイドの無駄な筋肉の方が絶対おいしいってー!」

「俺の筋肉は無駄じゃねー!」


 緊迫した戦場に現れた三人組に一部の生徒達の視線が集中する。

 

「無理無理無理無理!!」


 三人からやや遅れて姿を見せたクロウも必死に足を動かす。

 そんなクロウの後を追い、丸めた巨体で転がりながらバキバキと木々をなぎ倒しつつ森から現れた魔物に生徒達は絶句した。

 

「よ、寄せ付けるなぁぁぁぁ!!」


 誰かが叫んだその言葉に従い、赤やら青やらの魔法陣が次々と展開されていく。

 その光景にぎょっと目を見開き、ジェイドはすぐ前を走るエリスとカチュアの腰に腕を回すと強引に横へと跳び、何とか射線から退避。


「う、うっそぉぉぉぉん!?」


 次々と飛来する炎やら氷やらの塊。

 このまま巻き込まれてたまるかとクロウは更に足に力を込めると、まるで何かに引っ張られている様な感覚に襲われた。

 突然の事にバランスを崩し、前のめりに倒れたクロウは襲ってくるであろう衝撃から身を守ろうと咄嗟に両腕で頭を庇う。


「さっさと立て!!」

「へ?」


 頭上から降ってきた声に、クロウは素っ頓狂な声と共に顔を上げる。

 そこに居たのは黒い体毛をした狼のような魔物からクロウを庇うように剣を構えたアーヴィングの姿だった。

 状況が飲み込めないまま辺りを見回せば、クロウと僅か数メートルしか離れていなかったはずの魔物とは数十メートルは離れている。

 一体何が起こったのか理解は追いつかないものの、魔物の傍でいつまでも寝ているわけにはいかないとクロウは立ち上がり、ナイフを構える。


「起き上がったんなら邪魔だ! さっさと逃げろ!」


 魔物の攻撃を捌きつつそう言い放つアーヴィングの背中を、クロウはムッとした表情で睨みつける。


「嫌だね! 俺だってやれる!!」


 クロウの言葉にアーヴィングは舌打ちで返すと、牽制のために剣を左から右へ一閃。


「ガキが……!」


 それを回避するために魔物が大きく後方へと跳び距離を取った瞬間。

 アーヴィングはその場でクルリと半回転。


「生意気言ってんじゃねえ!!」


 勢いそのままにクロウに向かい回し蹴りを放った。

 何とかガードが間に合ったから良かったものの、間に合わなければ間違いなくいいのを貰っていたであろうクロウの批難するような視線にアーヴィングは鼻を鳴らすと、その視線を再び魔物へと向けた。


「いいか、よく聞け。このままじゃジリ貧だ。まともに指示が出せそうなら教師だろうが、兵士だろうがどっちでもいい。少しずつ戦線を下げ、森から撤退しろって俺が言ってたと伝えろ!」

 

 そう言うとアーヴィングは魔物に向かい走り出す。

 その背中を睨みながら見送ると、クロウはぎゅっと唇を噛み、皆が集まっている方へと駆け出した。

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