第4話 森の異変
カルータスの森の中央部。
人々から忘れ去られ、苔生しながら半ばまで土に埋もれてしまった古びた祠が、まるで月の光を受けたかのようにぼんやりと光っていた。
普段からそこを寝床にしていたのだろうか、獲物を咥えた一匹の獣がいつもとは違う様子に警戒しながらも、祠に近づいた時だった。
祠から黒い靄が飛び出したかと思うと、瞬く間に獣を飲み込み不快な音を立て始めた。
やがて靄が晴れた時そこに居たのは、黒い体毛に赤く光る瞳をした狼の様な魔獣だった。
魔獣は月を背に遠吠えを上げると、それを合図にしたかのように祠から黒い靄があふれ出し、それは静かに広がっていった。
一方その頃、ベースキャンプから離れ、運よく見つけた川岸で夜を明かそうと決めたクロウ達はというと。
「お、そこの魚、いい具合に焼けてんじゃねえか?」
もうもうと立ち上る煙とクロウ達の責める様な視線をものともせず、ジェイドが焚き火の傍でやや焦げ目のついた魚に手を伸ばした。
先走ったジェイドと一度合流した後、クロウは小動物捕獲用の罠を仕掛けに行き、ジェイドとカチュアが薪を集めている間に、エリスが川に雷の魔術を撃ち込むという漁師達からは非難されそうな方法で大量の川魚を獲得し、先に戻ってきたカチュアが集めてきた薪を元に火を熾したまでは良かった。
遅れながらも腕一杯に薪を集めたジェイドは意気揚々と二人の居るこの川岸に戻ると、火の小ささに一抹の不安を感じたらしく、ポイポイと自分の集めてきた薪を投入。
これが悲劇の始まりだった。
「なあ、ジェイド。俺、生木は避けろって言ったよな?」
「おう! 言われた言われた! でもよ、燃えりゃ何だって一緒だろ!?」
「一緒じゃねえよ! 見ろ、折角採った魚が灰だらけじゃねえか!」
ジェイドが集めてきた薪の大部分は生木であり、それをお構いなしに投入するものだからものすごい量の煙と火の粉おまけに灰が立ち昇った結果、クロウが言うように魚は灰にまみれ、無残な状態に。
カチュアはそんな状態の魚を食べる気にならず、果実とパンを焚き火から少し離れ不機嫌そうにもそもそと齧っていた。
罰として採った魚は責任を持ってジェイドが全て食べるように満場一致で決まったものの、それはジェイドにとっては罰ではなくむしろご褒美らしく嬉々として魚を食べ進めていた。
「ところでよぉ、クロウ」
「ああ?」
「やっぱ、
綺麗に骨だけになった魚を焚き火の中に放り、ジェイドが視線を動かすと、その視線の先ではそわそわとしきりに辺りを気にするエリスの姿があった。
少し前に獣の遠吠えが聞こえてからずっとこの調子だ。
僅かな物音にもビクッと身体を震わせてはそちらに杖を向け警戒し、何もないとわかれば安堵の息を吐きだしてまた物音が聞こえれば杖を構えての繰り返し。
たしかにこんな状態では身体を休めるどころではないし、なにより傍に居るカチュアまで参ってしまいそうだ。
クロウがエリスの様子に苦笑しつつ口を開きかけた時、突如エリスが暗闇に向かい氷の魔術を放った。
「なんだぁ!?」
エリスの突然の行動にジェイドが驚愕の声を上げる中、クロウは立ち上がると杖を構えたままプルプルと震えているエリスと、何が起こったのかわからずぽかんとした表情のままのカチュアの元に駆け寄った。
「どうした!?」
「い、今そこに何か居たぁ!」
クロウが涙目で訴えてくるエリスから視線をカチュアへと移すと、その視線に気付いたカチュアは首を左右に振って見せた。
エリスの勘違いかもしれないが、念の為クロウは右手で腰からナイフを抜き、左手に持った銃に魔力を込めつつ、暗闇を睨みつける。
「ヒッ!」
「うげっ!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
暗闇から這い出してきたそれを見た瞬間、三者三様の悲鳴にも似た声を上げた。
頭部から伸びた触角と縦長の身体に並んだ歩脚がワサワサと蠢く。
本来一つの頭しかないはずなのに、胴の中程から二又に分かれた二つの頭部を持つそれの大きさは異常としかいえなかった。
這い出してきた異常な大きさのムカデに総毛立ちながらもクロウは光弾を撃ち込む。
エリスの放った魔術が効いているのか、それとも余裕の表れか、ムカデはゆっくりとその身体をクロウの方に向けると、威嚇するように片方の頭を持ち上げた。
ギチギチと不快な音を立てる頭部目掛けクロウは更に光弾を撃ち込むが大したダメージは与えられていないのか、ムカデは片方の頭を上げたままクロウに突進。
軽くトラウマになりそうなその突進は突如、横から飛んできた何かによって吹っ飛ばされた。
「貸し一つな!」
ニッと笑いながら親指を立て暑苦しい笑みを見せるジェイド。
彼の全体重を乗せた跳び蹴りで吹っ飛ばされ、やや離れた所で仰向けになりジタバタともがくムカデに、半ば半狂乱になりながらエリスとカチュアは次々と魔術を撃ち込んでいく。
明らかにやりすぎな数の魔術を放ったカチュアとエリスはぜーぜーと肩で息をしながらその場にぺたんと座り込み、クロウとジェイドは警戒を解けないまま立ち昇る土煙を見つめていた。
しかし、風によって土煙が晴れた時、四人は揃って訝しげな表情を浮かべた。
そこには触手の一本どころか、脚の欠片さえ残って居なかったのだ。
エリスとカチュアがかなりの数の魔術を放ったものの、それだけで跡形もなく消し飛ばしたというのは考えにくい。
エリスの魔術が暴発したのなら話は変わってくるが、今回はそれもない。
考えても仕方ないかと一度頭を振り、振り返ったクロウはその光景に声を出すのも忘れ、呆然と空を見上げた。
「な……なに……あれ……」
エリスの手をきゅっと握り、怯えたように声を上げたカチュアにつられ、そちらを見たエリスとジェイドもその光景に目を奪われていた。
生い茂る木々の隙間から見える、何故か寒気を覚える光の柱は木の高さを軽々と越え、天に向かい伸びていた。
「と、とにかく一度
クロウの言葉に三人は異議無しとばかりにコクコクと頷き、エリスが魔術で杖の先に明かりを灯したのを合図に暗い森の中を駆け出した。
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