第3話 カルータスの森
クロウとカチュアの乗る幌馬車の雰囲気はどんよりとしたものだった。何せ同乗者の約半数の生徒があの貴族生徒に従い、満足な昼食を摂れなかった者なのだから仕方ないといえば仕方ない。当の貴族生徒はといえば別の馬車に乗っているのだが、取り巻きの女子生徒からパンを貢がれて腹だけは膨れていたりする。
「なあ、何か言いてぇ事があるならはっきり言えよ」
一度溜息を吐き出し、クロウは自分の隣に座る短髪の男子生徒に話しかけた。いい加減彼の視線が鬱陶しくなってきたからだ。というのも、馬車が再出発してそれなりの時間が経つのだがその間ずっと、彼の視線はクロウの持つ果実と彼の顔とを行ったり来たり。男に何度も見られて喜ぶような趣味はクロウにはない。
「お、やあっと気付いてくれたか! お前案外鈍いのな!」
そう言って豪快に笑う彼、ジェイド・ノーチスにそんなわけあるかと返してみたがどうやら彼の耳には届いていないらしい。
「で? 何か用か?」
「おう、その果実! くれ! 腹が減ってたまんねえんだわ!」
「くれてやってもいいが、条件がある」
クロウは果実を弄びながらジェイドを観察してみた。かなり体格が良い彼は見たまんま、体力と力には自信がありそうだ。停泊地であるカルータスの森で力仕事をする必要があった場合、彼が居ると居ないでは作業効率は雲泥の差だろう。そんな事を考えていたのだが、何を思ったのかジェイドは自分の身体を抱くと僅かに顔を青くした。
「ま、まさか……俺の身体か!?」
その言葉に同乗者の男子生徒達は一斉にクロウから距離を取り、一部の女子生徒は頬を染める。
「んなわけあるかぁぁぁぁ!!」
借りている銃を取り出し暴れだそうとするクロウをカチュアが羽交い絞めにして必死に押さえる。そんな彼女の鼻からも赤い液体がタラリと一筋流れていた。どうやら乙女の嗜み的ないけない妄想をしてしまったようだ。
ぜーぜーと息を切らせるクロウの肩をバンバンと叩きながら、冗談だとまた豪快にジェイドは笑う。疲れたようにクロウはその場にドッカリと腰を下ろすと、恨みがましい視線をジェイドに向ける。
「森に着いたら、俺を手伝え。それが条件だ」
「あん? 森で何があるってんだ? ただのキャンプだろう?」
「だといいんだけどな。で、どうする?」
ジェイドは腕を組んで暫くうんうん唸っていたかと思うとべチンと自分の膝を叩き、ニッと笑いながらサムズアップ。
「うっし! お前を手伝う事に決めた!」
「暑苦しい! とにかく契約成立だな。ホレ」
クロウは果実を一つジェイドに向かい放り投げると、それを受け取ったジェイドはものすごい勢いでがっつき始めた。どんだけ腹が減ってたんだよと呆れながら視線を前に戻すと小さく手を挙げているエリスと目が合った。
「あの……私にもソレ、分けて欲しいなー」
たしかに魔術師である彼女が居れば火をおこすのも水の確保にも困らない。しかし彼女の魔術が暴発したらと思うと即答できずに居たクロウの果実をカチュアが一つ掴み、エリスに渡してしまった。
「いいじゃん、女の子ボク一人だと寂しいし。他に一緒に行動する人居ないー?」
ニパッと笑いながらカチュアが見渡すが、同乗者達は皆顔を逸らしてしまった。奇しくも問題児達が勢ぞろいした中に混じる勇気などないのだろう。
微妙な空気の中馬車は更に進み、目的地であるカルータスの森に着いたのは日が沈みかけた頃だった。馬車から降りた生徒達は赤毛の教師の指示に従い、学年毎に整列しそれぞれの学年を担当する教師の言葉を待っていた。
「はいはい、皆さん注目してくださーい」
クロウ達の前に立った白衣を着て眼鏡をかけた神経質そうな痩せ型の男性教師が手を叩き、全員の注目を集めると一度眼鏡のブリッジをクイッ押し上げる。
「えー、皆さんにはこれから三日間、この森で過ごしていただくわけなんですが、あまり森の奥には立ち入らないようにしてください。兵士の方々と三年生による訓練の邪魔になってしまいますし、万が一魔物に遭遇した場合、皆さんでは太刀打ちできないと思いますので」
生徒達の間に緊張が走る。人々から忌み嫌われる異形の生物、ソレが魔物である。戦闘用魔道具の開発により、一昔前に比べれば魔物による被害は減ってはいるのだが、それでも被害はゼロにはならないのが現状なのだ。
「それから、我々教師陣はここをベースキャンプとしますので、何か問題が起きた場合には速やかに報告してください。それと……」
「先生、質問があります」
教師の話を遮った貴族生徒に視線が集まる。教師は少し顔を顰めると、その生徒に向かい頷く。
「先程先生はこの森で過ごせと仰いましたが、それだけですか?」
教師はその質問にカクンっと首を右側に倒すと不思議そうな顔をして見せた。
「えー、キミは……ラリディアス君でしたね。それだけですが、何か?」
「
「おや失礼、
「……もういいです! 早いとこ物資を支給してください!!」
教師にからかわれているのがわかったのか、ラディリアスは教師を睨みつけるのだが、当の教師はこめかみに指を当て傾いた頭を元の位置に戻すと、今度は反対方向にカクンと首を倒した。
「ありませんよ、そんな物。休憩の時にアーヴィング先生がそう仰っていたでしょう?」
アーヴィングというのはどうやら赤毛の教師の事らしいのだが、生徒達にとっては
「はい、では!
そう宣言すると教師陣はさっさとその場から離れていく。残された生徒達の行動はといえばラディリアスにお前の所為だと詰め寄る者も居れば、教師に縋りつき、何とか物資を得ようとする者と実に様々。
「んで、これからどうするの?」
自分を見上げながらそう聞いてくるカチュアからクロウは一度視線を外し、腕を組んで空を見上げる。完全に日が落ちるまでそう時間はなさそうだ。
「んー、日が沈む前に薪と多少の食料は確保しときたいところなんだけど……」
「おし、薪の確保は俺に任せとけ!!」
暑苦しい笑顔を見せて走り出したジェイドを止めようと伸ばしたクロウの手が虚しく空を切る。
「ったく。人の話は最後まで聞けっての」
クロウはガシガシと頭を掻くとめんどくさそうに息を吐き出し、カチュアとエリスに視線を向けた。
「とりあえず、
そう言って疲れたように歩き出したクロウに続き、二人も苦笑しながら歩き出した。
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