第2話 校外実習

 数十台の幌馬車とそれを護衛する武装した兵士達が舗装されていない街道を進む。幌馬車の荷台に乗っているのは学術院の生徒達と教師陣。ビルポケットから馬車で半日の距離にある森で三日間の校外学習を行うためだ。全学年合同で行われるこの校外学習は毎年行われているからだろうか、新入生以外の生徒達に緊張は見られない。


 座り心地が悪いのか、エリスがもぞもぞと尻を動かしていると僅かな衝撃の後馬車が停車した。ここで一度休憩を取るらしい。


「全員降車! 集合しろ!」


 引率の教師の声が響く。次々と荷台から降りては凝り固まった身体を解しながら、生徒達が赤毛の教師の前に学年毎に並び始めると、教師陣が生徒達に小ぶりな背嚢を配り始めた。全員に背嚢が行き渡ったのを確認したのか、赤毛の教師が再び口を開いた。


「各自学院より支給された物資を確認しろ!」


 クロウは早速配られた背嚢の中身を確認する。入っていたのは布に包まれた三つのパンと僅かな塩のみ。それを見てクロウは首を傾げ、周囲の様子を確認してみた。自分の同期達は文句を言うのみ、二、三年の生徒達は後輩達の様子を見ながら哀れみの視線を向けている。


「全員傾注!」


 声を張り上げた赤毛の教師は生徒達の視線が自分に集まったのを確認すると、ニヤリと口角を上げて見せた。


「学院からの支給品はそれだけだ! 泣こうが喚こうが実習期間中は物資の補給は一切行わない! ではこれより休憩時間とする、各自昼食を済ませておくように! 以上、解散!!」


 その言葉を合図に四方に散らばっていく上級生達。クロウの同期達はわけもわからず右往左往するばかり。


「そう言う事かよ!」


 一切行われない物資の補給、解散と同時に動き出した上級生達。これらが意味するのは食料の現地調達。上級生達は以前の経験から既に役割を決めるなり、グループに分かれるなりしていたのだろう。既に実習は始まっているということだ。


「皆、聞いてくれ!!」


 金髪のいかにも貴族という風貌をした男子生徒が声を上げた。自分に注目が集まるのが気持ちいいのか、彼は酔いしれたように両手を広げ滑らかに口を動かし始めた。


「まず、さっき先生が言っていた物資の補給がないと言うのは嘘だと思う! 考えてもみてくれ、僕等貴族がいるのにそんなことをしたらクビが飛ぶのは彼らの方だ。きっと夜には物資の支給があるはずだから、皆落ち着いてくれ」


 キラリと歯を見せて笑みを浮かべる男子生徒に一部の女子生徒達から黄色い悲鳴が上がる。これに気をよくしたのか、彼はさらに言葉を続けた。


「でも、先輩方の行動を見る限り、ここでの支給は本当にこのパンだけだと思う。そこで、皆で力を合わせようじゃないか! 男子で手分けして食料の確保しよう! ああ、女子の皆はこの場で待ってて。危ない事をする必要はないよ」


 またしても笑みを浮かべる男子生徒に、これ以上付き合ってられないとクロウはその場を離れる。それに釣られるように一人、また一人と数人の生徒が離れていく。遠くで何やら叫んでいるが、相手にする気も起きないクロウは馬車へと向かう。運が良ければ鍋の一つくらい残っているかもしれないと期待して。


 自分が乗ってきた馬車の荷台を覗き込むと先客がいた。緑色の髪をした女子生徒が四つん這いになりながらゴソゴソと荷物を漁っている。


「女子は何にもしなくていいって、お気楽なお坊っちゃまが言ってたぜー?」


 不意に後ろから声を掛けられ、カチュアは一度身体をビクッと揺らすと首だけで振り返り、クロウにジト目を向けた。


「ボクはあんな楽観的で女の子に色目を使うしか能がなさそうなお坊ちゃんには興味ないよ」


 目当ての物が見つからなかったのか、カチュアは立ち上がると膝についた汚れを払い落とし、荷台から飛び降りた。


「クロウだってそう思ったからアイツ等から離れたんでしょ? ってなわけで、どう? 共同戦線といかない?」


 確かに何をするにしても、人数は多いに越したことはない。クロウは自分を見上げているカチュアの頭を了承の意味を込めてポンポンと軽く叩くと、なんだか子ども扱いされているような気がしてならないカチュアはプクッと頬を膨らませる。ここら辺が子ども扱いされる所以なのだが、本人は気付いていないらしい。


 馬車から離れると、二人は近くの雑木林に向かった。カチュアの記憶によればここには果実が生る木が数種類自生しているらしい。もっとも、果実だけで数日過ごすのは勘弁してもらいたいクロウとしては、小動物も狩っておきたいのだが、手元にある武器といえばナイフ一本のみ。解体は何とかできるかもしれないが、小動物までとなると少々厳しい。罠を作ればいずれ小動物がかかるかもしれないが、そんな時間はないだろう。おまけに休憩が終われば移動するのだから完全に無駄になってしまう。


 どうしたものかと思案しながら歩いていると、カチュアの言うように果実の生っている木を見つけた。しかし、低いところに生った実は採られてしまったようで残っているのは上の方に生っている物だけ。仕方なくクロウが登ろうと木に手をかけようとしていると、カチュアから待ったがかかった。


「わざわざ登んなくても、これを使えば……」


 カチュアがスカートの裾を僅かにたくし上げ、太腿に隠していた黒光りする魔道具、銃を取り出すとそんなものがあるなら最初から出せよという言葉を飲み込みつつクロウは木から離れ、カチュアの隣に立つ。こういった魔道具と呼ばれる代物は魔術が使えない人間用に開発された為誰にでも扱える。もっとも、戦闘に使える物となると一般市民が持つのはほぼ・・不可能だが。


 彼女の手に握られたグリップに嵌められた魔石が淡く光る。魔力の充填が終わった銃を構え、引き金を引く。発射された光弾は果実どころか、木の枝すら掠る事無く木の幹に着弾。二人の間に流れる気まずい沈黙をごまかすようにその後も充填された魔力が尽きるまで打ち続けたものの、収穫はゼロ。


「あー……。次は俺に撃たせてくれよ」


 弱冠涙目になりながら果実を睨んでいたカチュアはクロウに銃を押し付けるとその場に座り込み、唇を尖らせながら膝を抱え込んでしまった。そんなカチュアに苦笑しながら、兵士が携行する物や学院にある訓練用の物よりも小型に思える借り受けた銃をしげしげと見てみる。


「それさー、ボクが作ったんだけどさー、当たんなきゃ意味ないよねー」


 身体を前後に揺らしながら自嘲気味に吐き出したカチュアの言葉に、思わずクロウは銃を落っことしそうになる。


「作ったってお前……」

「だってさー! 学院のヤツだとボクには大きいんだもん! じゃあ作るしかないじゃん!」


 とんでもない事をさらりと言い放つカチュアにクロウは引きつった笑みを返しながら、銃に魔力を込める。魔力が充填されたのを確認し、果実のなっている木の枝を狙い引き金を引くと見事に命中。続けて充填された魔力がなくなるまで撃ちつづけ、落ちてきた果実を回収する。


「ほれ、返す」

「いいよ、クロウが持ってて……」


 プイッと顔を背けるカチュア。完全にへそを曲げてしまったようだ。そんな様子のカチュアを見てクロウは一度頭を掻き、息を吐き出す。


「ま、お前がそう言うんなら、ありがたく借りとく。でもな、これだけは言っとく。学院のヤツよりもすげー使いやすかった、充填もスムーズだったし」


 カチュアの耳がピクピクと動き、尖らせていた唇も元に戻る。


「こんなのを作れるなんて、お前はすげーヤツだよ」


 その言葉に顔を背けていたカチュアはクロウの方に向き直り、ニンマリと口元をゆがませ、起伏の乏しい胸を張ってみせる。


「でしょでしょ!? さっすがボクだよねー! 天才美少女カチュアちゃんって感じだよねー!!」


 ウンウンと一人頷くカチュア。単純なヤツだと出掛かった言葉をクロウは飲み込み、ご機嫌なカチュアを連れて果実を齧りながら休憩場所を目指し歩き出した。

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