第1話 学術院の問題児達
「次! エリス・サハリン!!」
頭頂部がやや寂しくなった男性教師の声が校庭に響く。エリスと呼ばれた水色の髪をした女子生徒が生徒達の集団から男性教師に向かい歩を進める。誰もが振り返るような美貌を持つ彼女は
ここ、『リブール学術院』は午前の三時間は必修授業を行い午後の三時間は剣術、体術、魔術、錬金術などの中から生徒達が授業を選択する。そして、この男性が担当しているのは魔術の授業。教師の隣まで行くとエリスは大きく深呼吸した後、自身の身長とあまり変わらない杖を数メートル先に設置された的に向けた。
「いいか!?
教師の言葉に頷き、エリスが目を閉じて杖の先に精神を集中させると、可視化された魔法陣が赤く浮かび上がる。生徒達はゴクリと息を呑み、教師は少しずつ、少しずつ彼女から距離を取る。
カッと目を見開き、いざ彼女が魔術を放とうとした時。一陣の風が吹いた。
「……へぷちっ」
風で靡いた髪が彼女の鼻をくすぐる。そして響く轟音と天に向かい伸びていく巨大な火柱。木々に止まり羽を休めていた鳥達は一斉に飛び立ち、街往く人々はその足を止め、都市を囲う防壁の上を巡回中の兵士達も轟音のした方へと視線を向けた。しかしそれもほんの僅かな時間だけ。ここ『ビルポケット』の住民達にとってはいつもの事。
「……おぉう」
「この! バッカモーーーン!」
杖を前に突き出したままの格好で固まっていた彼女に、男性教師が顔を茹で上がったタコのように真っ赤にしながら叫ぶ。こうして彼女の魔術が暴発するのはある意味学術院の名物となっていた。
男性教師が再び怒鳴ろうと大きく息を吸い込んだ瞬間。再び響く轟音。
「今度は何だ……!?」
男性教師が音の方に顔を向ける。頭頂部からハラハラと髪が抜け落ちていく彼の視線の先に映るのは校舎の一室から立ち上る煙だった。
「っかしーなー……」
咳込みながら割れて底の抜けた試験管を手に首を傾げる緑色の髪をした女子生徒。
「カ……カチュアさん? 貴女何をしたの……?」
錬金術を担当する女性教師の声が聞こえていないのか、カチュアと呼ばれた生徒は無事だった自分のノートをペラペラと捲っていく。これだけの爆発の中、生徒達にかすり傷一つ無いのは異変にいち早く気付いた女性教師が行使した防御魔術のおかげなのだが、カチュアとしては失敗の原因の方が気になるらしい。
「ああ、そっか! これの割合は三対七か! いや、でもそれだと……」
ブツブツと何かを呟く彼女はこの学術院に入学し、僅か半年の間に実に様々な研究成果を発表していた。その偉業からついたあだ名は
「だ、誰か……胃薬を……」
その言葉を最後に、女性教師の意識は途絶えた。
「今日も賑やかだねえ」
校舎の屋上から校庭を見下ろしながら制服を着崩した男子生徒が呟いた。彼の周りにはうめき声を上げながら地に伏す数名の男子生徒の姿があった。彼はクルリと振り返り、傷だらけで立っているのもやっとといった体の男子生徒を見ながら肩を竦めた。
「俺もたまには真面目に授業受けたいんだけど?」
ボロボロの生徒は彼を睨みながら血の混じった唾を吐き出す。
「テメーが授業だぁ? 笑わせんなよ、クロウ!」
叫び声を上げながらクロウに向かい駆け出す男子生徒。クロウと呼ばれた生徒は溜息を吐き出すと、頭を振る。
顔面を狙い伸びてきた拳を半身になり避ける。男子生徒のがら空きになった腹目掛け、短い息と共に拳を叩き込むと、白目をむいて倒れた男子生徒に一瞥もくれる事無く、その場を後にする。
クロウ・ハミルトン、入学後半年の間に何故か街の強面のオニイサンや学術院のヤンチャな先輩方にもてるようになってしまった彼を人々はこう呼ぶ。
今日も今日とて教師陣から上がってくる報告書を前に頭を抱えるのは学術院学長マルコ・カーター。彼としてはこの問題児達をすぐにでも退学にしたいところだが、そうもいかない事情があった。エリスは有力貴族の娘だし、カチュアは学術院始まって以来の天才児。クロウはマルコの大恩人である男の孫。結局のところ彼に出来るのは、机の引き出しに大量に常備してある鎮痛剤を頼りに彼等が卒業するまで耐えるしか無いという事だ。
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