第57話

 一通りの話をレイモンドから聞くと、英子は一つため息をこぼした。


「勇者君の国は体制を入れ替えて、新たなスタートを切ったと。それに玲ちゃんと勇者君は加担していた」


「そうです」


「途中からやけに小難しい話になっていたけれど、まあ、何とか納得はいったわ」 


 湯呑みのお茶はすっかり冷め切っていた。冷めたお茶をさっさと飲み切り、湯呑みから新たに茶を注ぐ。


「それで、それから玲ちゃんたちはどうしたの?」


「誓約書どおり、勇者は国の運営に一枚噛むようになりました。陛下は魔王城へ行き、そこで暮らしているとのことです」


「江口さんは行ってあげないの」


「行きたい所ですが、私にもこちらの生活がありますから、すぐにというわけには」


「それもそうね」


 レイモンドのお茶が無くなったのを見て、新たに注ぎたす。「ありがとうございます」、レイモンドは軽く頭を下げる。


「陛下のもとへ伺いたいと思います。お二人のお元気な様子を聞けば、おそらく陛下も喜んでくださると思いますから」


「その時は言ってちょうだいね。漬物とか惣菜とか、いろいろ持っていって欲しいから」


「ええ、お伝えします」


 レイモンドは笑った。それを見て英子も笑った。


 五時の音色が外から聞こえてくる。

 七つの子、カラスと一緒に帰りましょう。

 昔懐かしいメロディが電波に乗って、山に反響している。夕暮れに染まった田んぼと坂を山の影が飲み込んでいく。


「では、そろそろ私は失礼します」


「そう、気をつけてね」


 レイモンドを見送ると、英子は夕食の準備に取り掛かる。


 今日はカレーでも作ろう。そう思ってジャガイモとにんじん、玉ねぎに皮を向く。ジャガイモは大きめに、にんじんは少し小ぶりに、玉ねぎはみじん切りにして、肉と一緒に鍋で炒めてしまう。そこへ水を入れて一煮立ちするまで待つ。


 その間に一品でも作ろうかと冷蔵庫の中を吟味する。と、冷蔵庫の奥に瓶詰めのピクルスを見つけた。


 それは昨年、英子とレイが一緒になって漬けたものだ。おぼつかない手つきで野菜を切り、顔にはねたお酢に戸惑っていたレイ。その姿が幻影となって、キッチンのテーブルに浮かんでくる。ちょうどこれを作っていた時だろうか、レイが初めて笑顔を見せてくれたのは。


「懐かしいわね」


 英子が呟く。

 今度レイモンドがあっちの世界にいく時は、これを持っていってもらおう。英子はそう思いながら、瓶を冷蔵庫に戻し、ドアを閉めた。

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