第53話
争いの夜。小さな戦争が起きたあの日から、もう数週間が経とうとしている。時の流れは早く、誰が望んでも待ってはくれない。そう思いながら、英子は今日も日常を送っている。
秋も終盤。徐々に肌寒さを覚えてくる。山々は黄色く色づき、そして次第に茶色く濁っていく。冬が近い。木枯らしに震えながら、洗濯物を取り込んでいく。
あの夜の出来事は、夢だったんじゃないか。英子はふと思うことがある。全部悪い夢で戦闘なんて最初からなかったのではないか。でも、あの時の恐怖と不安は今も思い出せる。その度にあれは夢なんかじゃない、現実なんだ。心ではなく体に現実を目の当たりにさせられるような気がした。
縁側に洗濯カゴを運び中に入れる。座敷に洗濯物を出して一息つく。
「……玲ちゃん」
座敷の隅に追いやられた布団。その布団を見て、英子はポツリと呟く。あの日から今に至るまで、彼女からの連絡は何一つない。ジャンとレイモンドは連絡がつけば知らせると言ってはいるが、それがいつになるか二人にもわからないに違いない。
「無事だといいのだけど」
シャツを畳み。ジーンズを畳み。慣れた手つきで次々に服を重ねていく。英子と陽一の分しかない。だから数十分とかかることはない。これが終わったら、夕飯の買い出しにでも行こう。そう思っていると、玄関の方から声が聞こえた。
「ごめんください」
「はーい」
縁側から顔を出し、サンダルを履いて外に出る。
「あら、江口さん」
「どうも」
「どうしたの? 何かあった」
「ええ。ようやく陛下と連絡が取れたので。ご報告にと思いまして」
朗報だった。英子は直ぐにレイモンドを座敷に通す。緑茶を急須に入れて、湯飲みを二つ座卓に用意する。
「連絡は、いつ取れたの?」
「昨日の晩です。それで、今日お二人に連絡をしようと思いまして。陽一さんは?」
「あの人はいま仕事に出てるの。だから、しばらくは帰ってこないわ」
「そうですか……」
「主人には後で伝えておきます。それより玲ちゃんは今どこで何をしているの? 元気にしているの?」
「陛下は生きていますよ。元気にしています」
「……そう、よかった」
「ただ、もうこちらには戻ってくるつもりはないそうです。二人にはよろしく言っておくとのこと。くれぐれも心配は無用だと言っていました」
「あの子らしい淡々とした物言いね」
英子はため息をつく。それから頬を歪めてこう切り出した。
「元気にしてくれていればいい。貴女は貴女の思うように生きればいい。こちらの心配はしなくていいから。彼女にそう伝えて」
「かしこまりました」
緑茶を飲み、レイモンドは一息つく。
「それで、玲ちゃんは今、何をしているの」
「それをお話しするのは、少しお時間をいただきますが、よろしいですか?」
「構わないわ」
「ありがとうございます。では……」
レイモンドは緑茶を飲んで舌を濡らす。それから英子の目を見ながら話し始めた。
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