第51話

 勇者は剣を振り下ろした。だが、その剣はレイを切り裂くことはなかった。勇者は振り向き、剣をガトーに向けて投げる。ガトーは一瞬気を取られた。が、すぐに引き金に力を入れる。


 弾丸がはじき出される。同時に自分の肩に勇者の剣が突き立った。痛みに表情が歪む。それは勇者も同じこと。はじき出された弾丸は勇者の横腹に命中。着弾と同時に爆発が起こり、勇者は壁に叩きつけられた。


 肩を押さえながらガトーは勇者を睨む。勇者は動く気配はない。気を失っているのだろう。兵士たちに指示を出すのは、いましかない。ガトーは踵を返し急いで廊下を進んでいった。




 しばらくしてレイは意識を取り戻した。骨が折れているのか、全身の至る所が痛む。ゆっくりと壁から離れる。それだけであばらに腹に鋭い痛みが駆け抜けた。


 ここはどこだ。一瞬そんな単純なことさえ忘れていた。脳内の記憶を辿り、ようやくガトーにしてやられたことを思い出す。あの男、あとで酷い目に合わせてやる。めらめらと復讐心を燃やしながら、彼女は立ち上がる。


「よぉ……生きてたか……」


 聴き慣れた男の声が聞こえた。目を向ければ、勇者が壁を背にして座っていた。

 どうしてそんなところに座っているのか。理由は明らかだった。勇者は左腹部から腕にかけて、肉をえぐられていたのだ。


「あいつにやられたの?」


「ああ……止血は施したが、これではろくに戦えない」


「でしょうね。……あらら、酷いわね」


 レイは勇者の前にしゃがんで、傷口を見る。横腹がきれいにえぐられている。塞がれたばかりの傷口。肌色の皮膚とピンク色の肉がコントラストを描いている。左腕はどこかに吹き飛んだのか、袖口から先がなかった。


「意識があるだけ、まだましね。これだったら」


「いっそ、意識を失った方が……よかったかもな」


「そうね。見ているだけで痛そうだもの」


「痛そうではない、実際に痛むんだ」


「言葉のあやよ。そんなに気にしないで」


 勇者を捨て置くか、それとも運んでいくか。レイは考えた。しかしあまり時間はない。いや、なくなったといった方がわかりやすい。

 部屋に響く轟音。強烈な振動がレイたちの足元を揺らす。


「……やつら、何かをしたのかしら?」


「かも、しれんな」


 轟音は治るどころか、ますますひどくなっていく。遠くから聞こえてくる爆発音。どうやらそれが振動を生んでいるようだ。


「俺を置いていけ」


「……は?」


「俺を、置いていけと言ったんだ。お前だけなら、ここを抜け出せる」


「何? 犠牲心でも生まれちゃったわけ?」


「冗談で言ってるんじゃない!」


 腹に力を入れたせいだ。腹部に激痛が走り、勇者は苦悶に表情を歪ませる。


「強がるのはいいけれど、あんまり無理しないほうがいいわよ。その体じゃ、なんだって痛みに変わっちゃうだろうから」


「人ごとみたいに……」


「ええ。人ごとですもの」


 レイは肩をすくめる。そして勇者の右腕を肩にかける。


「何をしている」


「アンタも一緒に連れて行こうと思って。足はあるんだから、立つぐらいしなさいよ」


「話を聞いてなかったのか? 俺を置いていけと言っているだ」


「どうしてアンタの言い分を聞かなくちゃならないの」


「だから、俺は足手まといになるからと……」


 レイは無理やりに立ち上がらせて、歩き始める。


「私はアンタの仲間でもないし部下でもない。だから、アンタの命令を聞くつもりもない」


 振動と爆発音はより一層強くなる。廊下の壁に亀裂が走り、天井がひび割れる。


「それに、アンタをこんなところで死なせるもんですか。止めを刺すのは私。ガトーの手にかかって死ぬなんてこと、私は絶対許さない」


「なら、今この場で殺せばいい。手負いの俺など簡単に殺せるだろ」


「……なめた口叩かないで。今のアンタを殺したって、アンタに殺されたみんなが納得する訳が無い」


「……そうか」


「だからアンタは生きること。そしてもう一度私と戦うこと。それだけを考えてなさい」


 玉座の間へと何とか進んできた。そこは廊下のそれとは比べものにならない。天井の崩落はすでに始まっている。瓦礫が床を覆い、壁にはひびが走っている。いつこの部屋が崩れてもおかしくはない。


「早いところ、出たほうが良さそうね」


 レイの心配は現実になった。それまでよりも巨大な爆発音と振動。それが床を揺らし、天井に大きなひび割れを生み出した。一つ二つ。小さなヒビが瞬く間に繋がっていく。一瞬の静寂。幾つもの肖像画が、レイの頭上より落ちてきた。

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