第49話
玉座の間。そこはガラニアの権威と権力の象徴。王家の先祖たちの肖像画が天井から見下ろしている。屋根を支えるのは左右に並ぶ太い石柱。石柱の奥から日光が差し込んでいる。
部屋の最奥部。そこにあるのは黒い玉座。剣と盾、槍、銃。背もたれに埋め込まれた武器が、日光に照らされ鈍く輝く。
「趣味が悪い部屋ね」
権威と権力の象徴を、レイはそう言い表した。
「王はこの奥だ」
勇者とレイは玉座の間を進む。玉座の背後に扉がある。開くと細い廊下が真っ直ぐに伸びていた。勇者は迷わず進んで行く。廊下の突き当たり、赤い布地を縫い付けた扉。そこが王の住う居室である。勇者は一つ息をつく。それから扉を開いた。
その部屋には物がなかった。戸棚も椅子も机もタンスも。家具らしい家具は何一つない。それどころか生活を送っていた気配さえも。部屋の中程にある棺のような何か。透明なガラスで作られたそれに、何かが横たわっている。勇者は警戒をしながら、恐る恐る近づいていく。そして息を飲んだ。
「……どうしたの?」
勇者の様子がおかしい。レイは不審に思いながら声をかける。返答はなかった。ただ透明な棺を見下ろして固まっている。レイは勇者の横から棺を覗く。そこにあったのは黒い何か。一見すると干物のように見える。
だが、様子がおかしい。爪先から腹部、胸部、首筋。それは人間のものとそっくりだ。いや、それはまさしく人間だ。唯一の違いは、あるはずの頭がなかったこと。鋭利な刃物で切り取られたように、首から上が消えている。
「ミイラね、これ」
人間の干物。変色した肌。皮膚の下から浮き出た骨。骨のようで肉を保ったままの死体。周りに敷き詰められた百合の花。頭(それがあるはずの場所)の上には王冠と赤いマントが安置されている。
「……王だ」
勇者がポツリと呟く。
「王? これが?」
レイは頬を歪める。
「王の遺骸だ。お前に殺された、先の王だ」
「私が殺した……」
レイが殺した王。それは一人しかいない。父を殺した憎き王。戦争の引き金になった王殺し。だが王の遺骸がどうなったか。それはレイの知るところではない。丁重に葬られたか。それとも荒野に放置されたか。こうして棺の中でミイラになっていたとしても、不思議ではない。
「でも、だからなんなの? この死体がなんであれ私たちには関係ないでしょ」
レイたちの目標は生きている王を殺すこと。とっくに死んでいる王などにようはないのだ。
「ああ。だが……」
勇者は部屋の隅々に視線を向ける。隠れる場所はおろか、抜け穴の一つもない。四方を囲む白い壁。入り口はただ一つ。レイたちの背後にある扉だけだ。
「現王はどこにいるんだ」
「そこにいるとも」
男の声が聞こえた。勇者ではない。レイは詠唱をしながら振り返る。瞬間、破裂音が部屋に響き渡った。弾丸がレイの胸元に着弾。光が瞬き爆発する。彼女は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「ガトー大将……」
勇者が剣を構える。扉の先からガトーが歩兵銃を構えて、勇者を狙い定めている。
「貴様らは王の命が狙いだったようだな」
「王は、どこにいる」
「そこでお休みになっておられるじゃないか」
「とぼけるな。王はどこにいる」
「王という人間はいないのだよ。勇者殿。我々にとっての王は、すでに形という束縛から解放されている」
「……何を言っているんだ」
「そこの魔王に王が殺されたあの日。我々は学んだのだよ。王は存在ではなく、概念であってくれた方が、国は潤滑に動いてくれることにな」
「王が、いないということか?」
「概念としての王がいるとも。だが決定は私をはじめとした官僚と、貴族議員によって採択される。だから貴様が王を殺すことはできないし、私を殺したとしても、王という機構には一切の狂いはない」
次弾を装填。射撃の準備は整った。
「そこの魔王の口車にのったのか。それともそいつの脅されたのか。理由の一切は知らん。だが、貴様がこの部屋へと入った時より、反逆者の汚名を着ることは決している。名誉を回復したければ、今すぐ魔王を殺せ。それだけが、貴様に残された道だ」
引き金に指をかける。脅しではないことを示すように。
「英雄として死ぬか。反逆者として死ぬか。どちらか一方しかない。さあ選べ。ここがお前の死場所であり、墓標となる」
どちらにしても死しか残されていないじゃないか。勇者は歯噛みしガトーを睨みつける。睨みつけたとこで何にもならない。だから、選ばなくてはならない。死んでなお名誉を得たいのであれば。
勇者はガトーに背中を向ける。視線の先にはレイが倒れている。意識を失い、壁にもたれかかる魔王がいる。殺すには絶好の機会であった。構えた剣を握りしめ、一歩を踏み出す。これまでに感じたことのない、重い一歩だった。
魔王を見下ろす勇者。振り上げた剣は今、振り下ろされる。
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