第48話

 転移門を抜ければ、そこは戦場だった。

 城内。赤い絨毯の敷かれた廊下が、玉座の間へと真っ直ぐに伸びていく。両側の壁には窓があり、雲に覆われた空を眺めることができる。


 だが、勇者とレイに空を愛でる余裕などなかった。廊下を埋め尽くさないばかりの、人、人、人。それは兵士。近衛兵。どんな呼び方にしろ、この城の警護を任されている人間だ。


 彼らは勇者と魔王を見つけた瞬間に、二人に襲い掛かった。それは忠義のため。命令のため。自らの命を守るため。決死の覚悟を決めた人の波が、音を立ててレイと勇者に押し寄せる。


 勇者が先頭をきり兵士たちの剣を受け止める。その後方からレイが魔法で援護をしつつ、兵士たちに攻撃を仕掛けていく。レイは得意とする火炎の魔法に加え、魔法で作った氷と空気の弾丸を同時に放っていく。


 魔王と勇者の共闘。その姿は兵士たちを驚愕させ、また彼らを圧倒した。


「危ないだろうが」


 勇者の頬を一発の魔法がかすめる。鋭い視線がレイに投げかけられるが、彼女は一切気にしていない。それどころか、


「どさくさに紛れて殺してないだけ、ありがたいと思いなさい」


 とまで言い切った。勇者は口論する気も失せて、苛立ちを戦闘で発散することにした。


 兵士はなおも攻めてくる。好転しない戦況。次々に倒れていく仲間たち。苛立ちと恐怖とが混在し、死体がまた増えていく。


「逃げたければ逃げろ! 大人しく通せば、命までは取らないでやる!」


 勇者は叫ぶ。心からの言葉。彼から与えることのできる、精一杯の良心を。

 絶望の中で見えた一筋の光明。それに縋り付くように、何人かの兵士は窓から外に転がり出ていく。次第に兵士たちの勢いが衰え、ついには静けさだけが残るようになる。剣にこびりついた血を振り払う。


「……王は、この先だ」


「早いとこ行きましょ。長居は無用よ」


 勇者はうなずき、先を急いだ。




 城内司令室。ガトーは転移して早々にこの部屋に落ち着き、兵士たち報告を聞いていた。戦況は魔族側の優勢。異世界へと送っていた兵士の報告では、吸血鬼と黒鬼によって手ひどくやられているらしい。


 だが、手傷も与えている。魔力式歩兵銃と物量によって、少しずつではあるが彼らを追い込んでいる。その報告はガトーにとって有意義なものだった。


 だが、嬉しくない報告もある。城内へと侵入した魔王と勇者だ。魔術師をさらっていたため、城内へと侵入は覚悟していたが、彼の考える以上に彼らの進行は早い。


 残る戦力を動員して防御にあたらせているが、あまり効果があるとは言えなかった。


「ガトー大将、魔王と勇者が玉座の間へと到着しそうです」


 兵士からの報告。もはや一刻の猶予もない。


「そうか……奴らが入ったら出入口を固めておけ。外には出すな」


「どうするおつもりで?」


「魔力弾をかき集めろ。弾丸を起爆剤にして、玉座の間ごと奴らを吹き飛ばす」


「正気ですか?」


 ガトーの提案に兵士はろうばいした。だが、ガトーの態度はかわらなかった。


「ああ、正気だとも。魔王と勇者。この二名の動きを封じるには、もはやこれしか方法はない」


「そんなこと、王がお許しになりませんよ」


「王の許しなど求めている場合ではないだろう。許しを待っている間に、奴らに王が殺されるやもしれんのだぞ」


「……わかりました。くれぐれもお気をつけを。相手が相手ですので」


「わかっている。お前よりもずっとな」


 ガトーは兵士の肩を叩き、司令室を後にした。

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