第47話

 あちらの世界は朝を迎えたが、こちらの世界は夜を迎えようとしている。

 暗くなった坂道。該当の明かりがぽつぽつと道沿いに続いている。寺の方を見れば、本堂には明かりがある。寝る準備でもしているのか、それとも夕食をとっているのか。それはレイにはわからない。だが、少なくともまだ敵の姿はないことに、レイはひとまず安心した。


「陛下」


 ジャンの声が聞こえた。見れば、魔法によって作られた炎の下に彼の姿がある。ジャンの足元には魔術師が二人、怯えながらレイたちの様子を気にかけている。


「門を閉じて」


 ジャンが魔術師を小突く。魔術師は何度も頷きながら呪文を唱える。転移門が塞がれる。追手の姿はなかった。


「首都への転移門を開いて」


 魔術師たちが一仕事終えてすぐ、レイが新たな仕事を彼らに与える。彼らは目を見開き、うろたえる。


「まさか、首都を攻撃するつもりなのか?」


 魔術師が怯えながら尋ねる。だがレイは問答に応えるつもりはなかった。


「ジャン、やって」


 ジャンは頷き、魔術師たちの目を覗く。暗示をかけ意思のない人形に変えるまでに、数分と掛からなかった。


「転移門。開いてちょうだい」


 魔術師たちは静かに杖を構え呪文を唱える。空間に亀裂が走り、転移門が姿を現す。奥へ奥へと闇が続いている。


「いよいよ、アンタの出番よ」


 レイは振り返り勇者を見る。


「わかってる、わかってるさ……」


 しかし気が乗らない、そう言いたげに勇者は表情を曇らせる。


「何も国自体を滅ぼすつもりはないの。ただ、王を殺すだけ。抵抗する人間以外は殺さない。これでもだいぶ譲歩しているつもりなんだけど、まだ足りないかしら」


「……やるさ。やってやるとも」


 深く息を吐き出し腹を決める。


「先に行って。後を追いかけるから」


「俺を盾にするつもりか?」


「ええ。優秀な盾があるんだから、使わない手はないでしょ?」


「……嫌な女だな、お前は」


「お互い戦いあった仲だもの、それくらいとっくに知っているでしょう」


「確かにな」


 勇者は肩をすくめ、転移門の中へ入っていく。


「ジャンとレイモンドはここに残って。あいつらが別の転移門を作って、やってくるかもしれないから。容赦はしなくていいわ。佐々木さんたちに指一本触れさせないで」


「ええ。心得ておりますとも、万事お任せを」


 ジャンは胸に手を当てて頭を下げる。レイモンドもジャンにならって頭を下げた。




 転移門が閉ざされ、レイと勇者の姿が消える。闇があたりを包み、静寂が漂う。


「陛下は、大丈夫だろうか」


 レイモンドが心配そうに言う。


「心配しなくとも、陛下ならばうまくやってくれるだろうさ」


 ジャンはレイモンドの肩を叩く。


「お前は少し楽観的すぎるんだ。陛下にもしものことがあったら……」


「そう言う貴様は、少し心配性すぎる。もっと陛下を信用してもいいだろうに」


「それもそうだが、しかしだな」


「子供持ってから、お前の心配性に拍車がかかってるな。父親というのはそういうものなのか?」


「それとこれとは関係がないだろう」


「関係ないということは、ないと思うがな」


 ジャンは肩をすくめる。


「まあ、陛下を心配する気持ちもわからなくはない。だが、もう少し陛下を信用してあげることだ。彼女は我々が思っているよりもずっと強いのだから」


「お前は、不安ではないのか」


「もちろん不安だとも。だが、あまり過保護すぎるのもどうかと思うだけだ。……それに、陛下の心配よりもまずは自分の身の心配をするべきだ。そうは思わないか」


 闇の中に浮かぶ空間の亀裂。一つ二つと穴が空き、そこから兵士たちがぞろぞろとやってくる。


「我らは我らの武功を立てよう。今は、それだけを考えればいいのだ」


 ジャンが闇の中に姿を消す。レオナルドはため息をつきながら、兵士たちに相対する。


「死にたいものだけかかってこい。この場所を、血で汚すのは気が引けるからな」


 レオナルドの言葉に、兵士たちの雄叫びが呼応した。

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