第46話
岩の上にいる、おそらく司令官と思われる男。そいつに向けて炎を放ってみたが、およそ当たった感触はなかった。岩肌が爆発でえぐれ、衝撃で何名かの兵士が落ちてきたが、その中にあの男の姿はない。運よく助かったのか。それとも後方に吹き飛ばされたのか。
「陛下」
ジャンが魔術師の首根っこを掴んで進んでくる。
「この場にいる魔術師は六名。内一名は陛下の魔法で焼死。二名は確保いたしております」
「残りの魔術師はどこにいる?」
「ガトーという男と共にいると。この部隊を率いていた人物です」
レイは断崖に目を向ける。それらしい人物は、先程みたばかりだ。
「確かな情報か」
ジャンが魔術師の揺さぶると、魔術師は何度も頷いて見せた。
「もし嘘だったら、貴様をここで殺してやる」
「ほ、本当だとも」
「……ジャン、こいつらを連れて戻って」
「陛下は、いかがしますか」
「そのガトーってやつに会ってくる。それらしい人間が、さっきいたから」
「くれぐれもお気をつけを。陛下に限って負けることは考えられませんが、しかし万が一ということもありますから」
「わかってる。……早く行って。レイモンドには私が声をかけておくから。そいつらには、私たちが戻るまで門を開けておくように言っておいて」
「かしこまりました」
ジャンは二人の魔術師を連れて、転移門へと向かう。彼らを見送ると、レイは視線を断崖へと向けた。短く詠唱をすると、レイの足元が盛り上がる。地面の隆起は断崖へと伸び、数分と立たない内に彼女を頂上へ送り届けた。
そこで見たのは、数人の兵士と三人の魔術師。開かれた転移門へ消えようとする、ガトーの姿である。彼女の姿を認めた彼らは、すぐさま転移門をとじ、ガトーの身を守る。そしてレイへ立ち向かうべく、杖と剣を向けた。
「取り逃しちゃったわね」
つまらそうにレイは言う。
飛び交うハエを払うように、彼女は腕を振る。それだけのことだが、彼女の腕が通った空間に、赤い炎の塊が現れる。紅蓮の炎。小さな炎は目にも止まらぬ速さで兵士と魔術師の胸を貫く。
苦痛の吐息と悲鳴。しかしそれらは炎の中に消える。貫いた穴が発火点となり、瞬く間に炎が人間を飲み込んだ。火だるまが闇の中で踊り狂う。悲鳴が音楽となり、命尽きる彼らをはやしたてる。
唯一、炎の弾丸から生き延びた魔術師は、ただ力なく地面に腰を落とした。腰が抜けた、全く力が入らない。燃える仲間たちを眺めながら、彼は怯え嘆く他になかった。
「あの人たちは、どこへ向かったの?」
魔王が目の前に立った。彼はたじろぎながら、やけっぱちの勇気を振り絞る。杖を構え、魔法を唱える。放たれたのは、氷の刃。空気中の水分を凝縮させ、一つの氷刃を形成する。幅広の刃は魔王の首を狙って飛んでいく。このままいけば首を取れる。彼の人生の中でも、一番と言えるほどの攻撃だった。
だが、レイは手刀で叩き落とした。炎を宿しただけの手で、簡単に防いで見せた。
「どこに送り届けたの?」
「く、来るな……!」
魔術師はまた杖を構えた。折れかける心に喝を入れて、再び呪文を口ずさむ。だが、彼の杖から魔法が出ることはなかった。
彼の杖は、彼の腕ごと空中へと舞う。血潮が炎の中に照らされ、ゆっくりと魔術師の顔に落ちていく。痛みは遅れてやってきた。激痛が全身を駆け抜ける。あまりの痛みに魔術師はその場でうずくまり嗚咽を漏らす。
「どこに、送り届けたの?」
レイは同じ文句を唱え続ける。魔術師の腕を切り落としても、何の感情も浮かんではいない。冷たい視線が魔術師に向けられる。
「しゅ、首都だ……首都に送り届けたさ……」
嗚咽まじりに魔術師が答える。もはや秘密を隠すこと度胸も、上官に対する忠誠心も、彼には残されていなかった。
レイは「そう」とだけいうと、おもむろに剣を振り上げる。
「ま、まって……」
命乞いの時間すらなかった。レイの件は魔術師の頬骨を切り裂き、彼の顔を横断する。目と頭が地面にこぼれ、口だけになった魔術師もゆっくりと地面に引き寄せられていく。
剣にこびりついた魔術師の血。それを振り払うと、レイはすぐに踵を返す。
「レイモンド!」
彼女の叫びに、黒鬼の動きが止まった。そして兵士たちを尻目に、踵を返して転移門へと引き返す。突然の撤退に兵士たちは戸惑う。追いかけなければならない。しかし、追いかけたところで死ぬのがオチだ。彼らは迷い、一歩が出ない。
「先に戻っていて、後から追いかけるから」
「かしこまりました」
レイモンドは会釈をして、転移門を潜る。それからレイは頂上から転移門の前に降り立つ。レイは眼光鋭く兵士たちを見る。兵士たちの足はいよいよ止まり、その場を動けなくなる。あいつらに攻撃の意思はない、そう思ったレイは目を切って転移門への入った。
魔王たちが消えた後、転移門はすぐさま閉じられた。残されたのは恐怖に呆然とする兵士と、いくつもの死体だけ。
血の匂いをまとった風が、森を駆け抜ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます