第45話
レイの魔法を皮切りに奇襲は幕を上げた。
レオナルドが敵の重装兵を相手にしている間。周囲の敵兵をジャンの能力によって排除する。血を霧状にして空気中に漂わせ、吸い込んだ相手を体内から破壊する。予兆もなく、攻撃の瞬間さえ見えない。奇襲には絶好の能力だ。
「思ったより防備を敷いていましたね」
ジャンがレイの横にくる。
「魔術師は殺さないで。後々役に立つから」
「ええ。わかっておりますとも」
ジャンはレイモンドに続いて転移門を出る。
いくつもの死体が、血の海に転がっている。焦げ臭い匂い。血の匂い。汗と小便のようなツンと鼻にくる匂い。様々な刺激がジャンの鼻をくすぐってくる。
「この匂い、実に懐かしい」
ジャンにしてみれば、つい百年ぶりの戦場である。肌身を突き刺す空気が、悲鳴が、死体が、かつての記憶と高揚感を思い出させる。平和にどっぷりと浸かっていたせいで感覚が鈍っていたが、殺意と闘争の感覚が徐々によむがえっていく。
大きく息を吸い込み、そして吐き出す。体内に宿っていた平和を体外に出すように、深く、長く空気を吐き出す。そして、ゆっくりと戦場の空気を吸い込んでいく。
流れている血液が、ジャンを目指して集まってくる。ジャンが散布させた血の霧も、彼に吸い寄せられる。爪先、背中。それに腕。ジャンの体に血が巻きつき、彼の体に染み込んでいく。
「ああ……実に久しぶりだ」
血の匂い。その味。吸い込む感覚。ここ百年味わなかった味に、ジャンは一種の快感を覚えていた。しわがれた肌に艶が戻り、乾いた喉が潤っていく。
「ひっ……」
小さな悲鳴が聞こえた。ジャンは背後を見る。転移門の影に蹲る人間。黒いローブを身に付けた、謎の老人三名。うち一人はレイの魔法に当てられたか、焦げた死体になって転がっている。
「魔術師の方、ですね?」
「こ、殺さないでくれ」
魔術師が骨張った手を伸ばし、懇願する。
「ええ。我々に協力してくだされば、殺しはしませんとも」
「き、協力だと……?」
「何、そんなに難しいことじゃありません。貴方がたの腕をもってすれば、造作もないことでございます。まあ、残り少ない命をここで潰えさせたいのであれば、私も無理にとは申しませんが」
魔術師は互いに顔を合わせた。そして予想通りの答えを出した。
「協力する。だから、殺さないでくれ……!」
その答えに、ジャンは頬を歪めた。
「い、いかがいたしましょうか」
ガトーの脇で兵士がうろたえる。
「作戦はこのまま続ける。持ち場を死守するよう兵士たちに伝えろ」
「はっ!」
兵士は踵を返すと、急な下り坂を一気に駆け下りていく。その姿を見送りながら、ガトーは転移門を見下ろす。
転移門から現れた二人の化物。言わずもがな、魔族の者たちだ。報告によれば魔王の他に鬼と吸血鬼が異世界にいた。魔王直属の配下であることは間違いない。そして、彼らがいるということは……。
ガトーの予期した通り、転移門から女が現れた。黒い鎧を着た謎の女。女はゆっくりとあたりを見渡し、そして岩の上にいるガトーを見つけた。
「……鬼札を、引いてしまったか」
ガトーはポツリと呟く。そして、彼の視界は炎に包まれた。
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