六章

第44話

 次元数値。座標。すべてよし。三人の魔術師によって練り上げられた転移門は、安定的にその場に出現した。


 しかし、ガトーは安堵していなかった。彼の懸念は転移門の構築ではなく、異世界側の攻撃にある。五時間と言う時間を要したのは、攻撃に備えるための防備を整えるためだ。


 木材を使った壁を転移門を囲うように設置。さらに呪印による加護をつけ、防御力を高める。板には銃撃用の穴が開けられ、そこから射撃手が銃口を出している。昨今の研究によって開発された、魔力式歩兵銃である。魔法を込めた魔力石を弾丸にし、敵に発砲。着弾と同時に爆発、炎上する。


 敵の進行を止めるために加護を受けた重装歩兵を正面を固める。万が一、突破された場合にも対応できるよう、森の中にはいくつもの罠を設置した。勇者一人に過度な防備だが、これもすべて勇者一人ではなかった場合を考えた措置だ。


 もしも勇者が魔王と手を組んでいたとしたら。そんなことを起こるはずはない。互いに憎しみあい、殺し合ってきた仲だ。そう簡単に手を組むとは考えにくい。だが、もしも何らかの思惑が一致し、協力関係を気づいていたとすれば……。


「この程度では、とても足りんな」


「何か?」


「いや、何でもない」


 兵士の肩を叩き、ガトーは前に進み出る。

 転移門を見下ろす断崖の上。ガトーは転移門を見下ろす。

 地平線から、太陽がゆっくりとその姿を現す。夜明けだ。


「門を開けよ」


 その言葉が、皆の気を一挙に引き締めた。兵たちの視線が転移門へ向けられ身構える。魔術師がろうろうと呪文を唱え、転移門に光が宿る。空間を切り裂いていた穴がより大きく、空間を食い潰していく。


「つながりました」


 魔術師の報告が聞こえてくる。その刹那、重装歩兵が見たのは闇を飲み込む紅蓮の炎。転移門から現れた炎は、瞬く間に歩兵たちを飲み込んだ。


「耐えろ!」


 歩兵の一人が叫ぶ。歩兵たちは足腰に力を入れ、炎の濁流を盾でせき止める。板金鎧と長方盾。さらに呪印による加護を持ってしても、熱の暴力は痛みを伴った。


 鎧と盾の表面が熱で溶ける。体毛が燃え肌にはいくつもの火傷が刻まれていく。だが、彼らは見事に耐え切って見せた。炎は消え、あたりに静寂が戻る。


 歩兵の誰かが息を漏らした。炎をやり過ごし、一瞬の安堵が彼らを包む。安堵は油断を生み、緊張感を緩める。その隙を狙ったかのような鋭さで、前方の歩兵が吹き飛ばされた。


 自分たちの上を飛んでいく歩兵の姿。それを呆然と見送り、衝撃音を耳にする。ゆっくりと前方を向くと、そこには黒い何かがいた。


 その何かは人の形をしていた。黒い肌。燃える炎を彷彿とさせる赤い髪。獣のように爛々と光る二つの目が歩兵たちを睨みつけている。


 オーク。その中でも頑強さと腕力を誇る黒鬼ダーク・オークが、歩兵の前に現れた。


「う、撃てぇ! 撃ち殺せ!」


 歩兵が叫ぶ。それを合図に銃口を構えた狙撃手が引き金を引いた。


 火花が煌き、銃口から弾丸が弾き出される。いくつもの弾丸が化物目掛けて殺到。化物は歩兵に近づくと、二人の歩兵を盾にして弾丸をやり過ごす。


 着弾、爆破。


 いくつもの衝撃が歩兵の体を襲い、肉体を粉微塵にする。加護を与えられた鎧と盾は、まるで紙屑のようにバラバラに散っていく。歩兵の叫びは爆発音にかき消される。


 頭とわずかな骨と肉を残し、歩兵は肉塊に変わった。血液と肉片があたりに撒き散らされている。黒男には乱暴に歩兵を投げ捨てると、歩兵の隊列目掛けて突貫する。


 両手を左右に広げ勢いそのままに歩兵をなぎ倒す。加護を受けた盾が凹み、圧力によって歩兵の体がくの字に曲がる。もちこたえようとするが、黒鬼の万力の前に押され出す。


「何をしている。早く撃て!」 


 射撃隊長の檄が飛ぶ。


「しかし、このままでは歩兵たちも巻き込んでしまいます」


「構わん。優先すべきは敵の打破にある。急げ!」


 迷いはすぐに消えた。次弾を装填し再び銃を構える。


「ゴフッ……」


 何かを潰したような、奇妙な叫び声が聞こえた。顔を向けると、射撃隊長が首をかきむしりながら血を吐いていた。何があったのか、兵士には全くわからない。しかし、何かが隊長の身に起きたことは確かだ。


「どうしましたか、隊長」


 兵士は隊長に駆け寄る。その途端、隊長の口から赤い噴水が吹き上がった。人間の体に流れている血液を全て吐き出すように、隊長は血を吐き続け、周囲を赤で染め上げる。


「隊長、たい……」


 周囲を見渡せば、他の兵士も血を口から吹き出し、次々に倒れ伏せている。異変は次第に恐怖に変わる。


「一体、何が……」


 銃を構えることも忘れ、兵士はただ逃げることを考えた。持ち場を離れることは厳罰にあたる。しかし何もわからないまま死ぬよりもずっといい。兵士は銃を捨て森へと足を向ける。そんな時、頬を一筋の水滴が伝った。


 指で触れてみると、それは赤かった。


 血だ。


 そう認めた瞬間、兵士の口から血反吐が吐き出された。

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