第43話
勇者が戻ってきた。返答は予想通り、レイたちの条件を飲み協力を打診してきた。レイたちもようやく重い腰を上げて、戦の準備に取り掛かる。魔法でしまっておいた鎧と剣を取り出し、変化を解き元の姿に戻る。レオナルドの姿のかわりようは凄まじいが、ジャンの見た目はそう変わりはしない。少しばかり若々しくなったくらいだ。
時刻は午後の四時。勇者が帰還してから、実に五時間ほどが経過しようとしている。だが今だに敵兵がやってくる気配はない。何かトラブルでもあったのか。それとも何らかの策があるのか。それはレイたちにはわからなかった。しかし、警戒しないわけにはいかない。
勇者とジャンに見張りを任せて、レオナルドとレイは一路、トレへと向かう。レオナルドは家族を安心させるために。レイは、別れをいうために。もとよりこの世界は、レイには似つかわしくないものだった。佐々木夫妻はよくしてくれたが、それでも自分がいることで迷惑がかかること。彼らの家族にも、彼らの子供にもなり得ないことを自負している。
居心地は良かった。だからこそ、ここにいてはいけないと思った。彼女は魔王であり、人間とは違う。それを理解し、それと向き合うには、彼女には時間がありすぎていた。
坂道を登り、寺の門を潜る。青い屋根瓦の本堂。正面に階段があり、左脇に小さな亀の像がある。二人は階段の前で靴を脱いでから上がる。板戸と障子戸を開けると、いく人もの人間がそこにいた。
暗示のせいで住職以下、佐々木夫妻と恭子以外の目はうつろで、どこに向けるともない視線を壁や天井に向けている。
レオナルドはすぐに恭子のもとへと向かい、彼女と赤子をそっと抱きしめる。言いしれない不安に恭子は目を潤ませ、レイモンドを見るなりその頬に涙が伝っていた。
「玲ちゃん……」
英子がレイに駆け寄ってくる。そして、ひしと抱きしめた。胸が高鳴った。英子の暖かさが、優しさが、レイの覚悟をほんの少し歪めてしまう。
「……説明して頂戴。一体、何があったの?」
思えばここへ避難をしてもらう時に、何も説明していなかった。
レイは事の次第を英子と陽一、恭子に説明する。彼らは驚きを隠そうともしなかった。が、彼らも事実として認めるのに時間はかからなかった。これもレイと勇者の世界を、少なからず知っていたからに違いない。これを知らないままであれば、おそらく更に時間をかけて説明しなければならなかったはずだ。
「アタシモ、タタカウコトニナル。ヨーイチトエーコニ、メイワクハカケナイ。アンシンシテクレテイイ」
「戦うって、相手は大勢なんだろ?」
陽一が心配そうに、レイの顔を見る。
「ダイジョウブ、ナレテル」
「慣れてるって……」
「アタシハマオウダモノ。タタカイハナンドモシテル。シンパイシナクテイイ」
「心配しなくていいって言われても、そんなの無理よ。私たちにとって、娘も同然なんだから」
英子は優しい声色で言う。その声が、レイの心を揺れ動かすとも知らずに。
「アタシハ……アナタタチノムスメデハナイ」
大きく息を吸い、レイは言う。英子と陽一が目を見開いたが、構わず言葉を続けた。
「キョウハワカレヲイイニキタ」
「別れ……?」
英子が言う。その声は震えていた。
「アタシタチハ、キョウコノセカイヲハナレルコトニシタ」
「離れるって、そんな急に……」
「コレハ、コノセカイヲマモルタメ。エーコトヨーイチをマモルタメダ。コノセカイニイクサヲモチコマセハシナイ」
「だから、お別れだって言うのか?」
陽一が詰め寄る。
「ソウ。ナニモイワズニキエテモヨカッタンダケド、ソレハヤメタ。フタリニワルイ。ダカラ、ココニキタ」
レイはレイモンドを見た。事情は話し終えたらしい。悲嘆に暮れる恭子をレイモンドがそっと抱き寄せている。レイと視線を合わせると、レイモンドは恭子をそっと引き剥がし彼女のもとへやってきた。
「もう、会えないの?」
英子が言う。
「エエ」
レイは淡々と答える。なるべく、感情を表さないように注意をして。
「これで、お別れなの?」
「エエ。キョウデ、アナタタチノコドモハオワリ。ワタシハ、マタマオウニモドル」
「ここにいるのが、いやになった?」
「……イヤニナッテハイナイ」
押さえつけていた感情が、レイの胸に溢れていく。暖かく愛おしい感覚。それがじわりじわりとに滲み出ていく。だが囚われることはなかった。大事に抱えながら、理性を持ってそれを封じる。いまは感情を表に出す必要はないのだ。
「それは、よかったわ」
英子は笑った。悲しげに。どこか諦めを感じるような笑みだった。レイはそんな彼女の笑顔を、直視するのをためらった。視線を外し、畳の目を見る。
「陛下、行きましょう」
レオナルドに促され、レイは二人に背中を向ける。
「また、帰ってきたくなったら、いつでもいらっしゃい」
英子の声が背後から聞こえる。レイは答えることなく、本堂を後にした。
「よろしかったんですか?」
寺を離れ坂道を下っていると、レイモンドが口を開いた。
「ええ。あれで良かったのよ」
「もう会うつもりはないと、そう決められたのですか?」
「……それが、一番いいわね。お互い、時間に任せて忘れてしまった方がいいでしょ」
「確かにそれも一つの手段でしょう。ですが、自分は戻ってくるつもりですから、おそらく陛下のことを佐々木さんたちは忘れないでしょうね」
「戻ってくるって……まさか、ここへ?」
「ええ。ここに戻ってくるつもりです。愛する妻と息子のためにね」
信じられないと言わんばかりに、レイは目を見開いてレイモンドを見る。
「陛下も、もしよろしければご一緒しますか?」
レイモンドは笑った。不安も恐怖もない、純粋な笑みを浮かべた。
「……いいえ、遠慮しておくわ」
レイモンドにつられてレイも笑う。そして肩をすくめる。
「
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