第42話
勇者の帰還後、佐々木家の座敷を使って会議が行われた。
座敷に集まったのは、以下の五人。レイ、勇者、レオナルド、ジャン。そして、意識を取り戻したばかりの兵士である。
佐々木夫妻と恭子たちは寺へ避難している。ジャンの暗示によって他の住民達も速やかに退避させた。そのため、佐々木家の周囲は異様な静けさに包まれていた。
「で、どうするつもり?」
レイが口を開く。その問いかけは勇者に向けられている。
「こうなったら、戦う他にない。でなければ多くの血が流れる事になる」
「そうね。で、アンタ一人で戦うわけ?」
「……出来ることならば、お前達にも手伝ってもらいたい」
レイはジャンに視線を投げる。ジャンはやれやれと言いたげに、肩を竦めた。
「まあ、私たちも協力することにやぶさかではありませんが、しかし、ただで協力しろなどとは言いませんよね?」
「取引、というわけか?」
「当然でしょう?」
兵士は食ってかかろうとするが、それをレオナルドの威圧が止める。一旦中断された会話を、ジャンは再開する。
「無論、我々も佐々木様やここの住民の方々を守るために戦いましょう。ですが、ただ協力するのは面白くないではありませんか」
「戦闘に面白いも何もないぞ」
「ええ、確かに面白くはないかもしれません。ですが、時に戦闘を利用して実を得ることも出来ましょう。特に、利害の一致しない相手が協力を求めてきた時にはね」
勇者は押し黙り、ジャンを睨み付ける。しかし、ジャンは気圧されず淡々と言葉を続けた。
「我々の要求は単純です。あなた方がおそらく我がものがで踏み荒らしている。魔王の城を陛下に返還していただきたい。そして、我々への一切の攻撃を行わないでいただきたい。それも恒久的にね」
「私の一存では、それは出来ん」
「いいえ。可能ですよ。貴方が王になれば良いのです」
勇者は目を見開いた。ジャンは頬を歪め、目を細める。
「現在の王位に座る男の差し金か。それとも誰かが暗躍してのことかは定かではない。しかし、頂点に君臨する人間がすげ変わらない限り、この世界は彼らの脅威に晒されることになるのは明白でしょう」
「……そうだな」
現在のガラニアは魔王の攻撃以来、軍事的強国への道を辿っている。国の財政は軍備への投資がほとんどで、市民への多額の税収を強いている。
市民は苦しい生活を送っているが、誰も反対するものはいなかった。
魔王に殺されるよりは、魔物達に殺されるよりはまだマシだ。そんな不安と圧倒的な恐怖の経験が、ある種市民の思考をまひさせていた。
「ガラニアを交戦的にさせた原因には、お前らの存在もあるのだぞ」
「そうかもしれませんが、最終的に決めるのは人間ですよ。そこに私たちの意思は反映されません」
レイは茶を一飲みすると、勇者を見た。
「アンタが王になり、私の城と私たちの安全を保証する。それが出来るのなら、協力してやっても良いわ。どう? 協力をすれば権力と金を手に入れられる。悪い話じゃないと思うけど?」
「だが、王を犠牲にするのは……」
「ここの人たちが犠牲になるより、私はずっと良いと思うけどね。……無理に決めなくても良いけれど、なるべく早くして。そうでないと、貴方が苦労するだけだから」
「……少しの間、考えさせてくれ」
勇者は兵士を伴って、座敷を出て行った。密に相談をするつもりなのだろう。レイはつまらなそうに、二人の男を見送った。
「陛下が城を気にかけていたとは、意外でした」
ジャンが言う。もとよりこの条件を提示させたのは、レイの提案だった。
「そんなに意外かしら?」
「ええ。陛下自身、あまり思い出したくないだろうと思っていましたから。無論、レイモンドも」
レイはレイモンドを見る。彼は静かにうなずいた。
「アレン様の死のこともありますし、城のことを思い出すよりここでの暮らしを満喫なさってくれた方が、御身の心の平穏も保たれると思いましたので」
「そんなに私が、か弱いように見えたかしら」
「い、いえ。そんなことは……出過ぎたことを言いました。お許しください」
レイモンドはすぐに頭を下げる。
「良いのよ。気にしてないわ」
開け放たれた障子から西に傾いた太陽が見える。青が占拠していた空に、次第に分厚い雲が覆い始めている。もう時期雨でも降りそうだ。
「ここは良いところよ。平穏に包まれているし、このままここで暮らせたらと思うことは、何度もあった。だけど、ここは私の家じゃない。私の家は、あっちにある。この機会は帰る準備にふさわしい。そう思っただけよ」
遠くを見つめながら誰に言うでもなく、レイは言った。
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