第41話
「逃したか」
闇の中に聞こえる男の声。馬上に乗る男は、松明に火をつける。炎が闇に浮かび上がり、ガトーの顔を照らし出す。
彼は馬を操り森の中を進む。その背後には数百、数千。あるいはそれ以上とも言える軍勢が付き従っている。彼らもまた松明に火をつけて、列をなして進んでいく。
彼らの進む先には切り拓かれた空間がある。
近くには兵士達が駐留する掘建て小屋、馬小屋、井戸、小さな畑が整備されている。勇者との連絡を図るため。ここには定期的に兵士が駐留することになっていた。
しかし、いまは人気がない。闇の中で息を潜めるように、小屋は静寂に包まれている。
小屋の奥には岩肌がある。転移門を開く目印の岩だ。座標と次元数値を入れれば、ここから異世界へと旅立てる。
ちらと横と樹木に目を落とせば、そこには魔術師がもたれかかっていた。先ほどまで勇者と密談を交わしていた魔術師である。魔術師を射抜いた射手は弓を引きながら、油断なく魔術師を睨み付けていた。
「面倒なことをしてくれたものだ」
ガトーは馬から降りて、魔術師の元へ歩み寄る。ぜぇぜぇと洗い息をする魔術師。その頭をガトーはわし掴む。
「どうして私の意のままに動いてくれないのだ。異世界の占領が達成できれば、君たちにもそれ相応の褒美と領土を与えると言っておるというのに」
「……あちらの世界は、我々とは何の関係も、ないのです。無闇に、争いの火種を、まく必要はないでしょう」
魔術師が眼光鋭くガトーを見る。ガトーは呆れてものもいえないと言わんばかりに、首を左右に振った。
「領土は何者かから奪う他に広げる術はない。ガラニアはそうやって大きくなった国だ。それは、お前だって知っているはずだ」
「ええ、貴方さま以上に、存じておりますとも」
「だったら、なぜそんなことを言う。どうして今更、そんな妄想に取りつかれたのだ」
「いいえ、取りつかれたわけではありません。これは、わたしが元来持ち合わせている、思想なのです」
「思想だと?」
「我らは確かに強い。ですが、それは他から身を守るための武力であったはずなのです。自分の身を守るために、戦い争う。けして領土を広げるためではなかった」
「綺麗事だ。現実を見ていないだけだ」
「ええ。現状のガラニアを見れば、確かに私の言葉は綺麗事に聞こえるでしょう。数年前から、魔王に王に殺された時から、この国は変わってしまった」
魔術師の血反吐が、ガトーの鎧を濡らす。
「今なら、まだガラニアを、元の平和を重んじる国へ引き戻せましょう。それも大将閣下が、ここを引いてくれさえすれば、その一歩が踏み出せます」
「いまさら、後戻りなどできんよ。魔王が出現した時から、世界は変わったのだ」
「ですが……」
「くどいわ」
ガトーは魔術師の頭を幹に叩きつける。魔術師の視界がぐらりと揺らぐ。息を吐くことも忘れて、魔術師は前のめりに倒れた。
「いますぐお前を治療してやってもいい。優秀な魔術師をこんな形で失うのは、国家としても私としても不本意だ。だが、もしも私ともに戦に出ないとなれば、ここで死ぬより他にない」
ガトーは魔術師の返答を待った。しかし、魔術師は顔を上げない。ただ目だけを動かして、ガトーを見上げている。返答はない。つまり、ガトーに付き従う意思はない。
「実に残念だよ」
ガトーは剣を抜き、ためらいなく振り下ろす。魔術師の後頭部を貫き、剣は地面に突き立った。魔術師の体がビクリと跳ねる。体から力が抜け、動くことはなかった。
「魔術師達に転移門の用意をさせろ。夜明けと共に、異世界への侵攻を始める」
ガトーは剣を振り血を払う。地面を覆う緑の草地に、赤黒い血が飛び散った。
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