第37話

 翌日。

 朝の早いうちに勇者とレイは、破壊した倉と車庫の修復のために庭に出ていた。

 勇者は車庫。レイは倉庫を担当する。


 倉に使われていた木材。

 倉にしまわれていたタンスや食器、人形の破片。

 それらを一つ一つ選別しながら、別々の山に積んでいく。


 選別を終えると、倉庫の基礎の上に木材を集め、石灰を使って二重の円陣を描く。

 それから、円と円の間にレイたちが本来使う言語で呪文を書き記していく。


 レイは一歩退き、魔法の詠唱を始める。

 すると、円陣は淡く光輝きはじめ、山と積まれたガラクタを光が包み込む。


 光が巨大化し、一層輝きを強めた瞬間。甲高い破裂音とともに、衝撃が空気を揺らした。


 レイは静かに目を開く。

 倒壊した倉が、元の通りそこに現れた。


 だが、油断はできない。


 レイは外部と内部の隅々まで点検し、不備がないか確かめていく。


 異常なし。

 レイはほっと胸を撫で下ろしたところで、すぐに家具の修復に取り掛かった。


 一方、勇者はひしゃげた車庫を前にしてため息をついた。


「……やるか」


 下敷きになっていた大工道具、梯子、農業機械。それらを外にだし、一箇所にまとめておく。

 それから車庫を囲うように円陣を描き、詠唱。

 光が爆ぜて、車庫が元どおりの姿に戻った。


「終わったかい?」


 振り向くと作業服を着た陽一が立っていた。


「ええ。まあ」


「そう。まあ、無理せず作業をやりなよ」


 笑いながら陽一は軍手をつけ、タオルを頭に巻く。それから、縄を肩にかけ、チェーンソーを片手に持つ。


「じゃあ、頑張って」


 勇者の肩を叩いて、陽一は裏山へと向かった。

 その背中を見送りながら、勇者は車庫修理に意識を向ける。


 太陽が次第に空を渡り、それにつれて温度も次第に上がる。

 勇者もレイも額から大汗を流しながら、作業に没頭していた。が、流石に当時間は日光の下にいられない。勇者もレイもたまらず日陰に移動し、息をつく。


「二人とも、よくやるわね」


 英子の声が聞こえる。

 顔を向ければ、縁側に英子が座っている。その傍には盆に乗ったコップと麦茶の入ったビッチャーがあった。


「勇者くん、陽一さんを呼んできて。一旦休憩しましょう」


「ええ。そうですね」


 否定する気はなかった。

 農業機械を車庫の中にしまい、勇者はすぐに裏山に向かう。


「陽一さん!」


 声を張り上げて陽一を呼ぶ。

 すると、雑木の間から陽一が顔を出した。


「休憩しましょう。水を飲まないと死んじゃいますよ」


 陽一は手を振って応えると、斜面をスルスルと降ってきた。さすがに慣れた様子だ。土煙をあげながら、勇者の前に降り立った。


 二人が縁側に行ってみると、英子が麦茶を用意して待っていた。


 彼女の傍にはレイがいて、すでに麦茶を飲んでいる。

 レイは勇者をちらとみると、それっきり彼をみようとはしなかった。


「ありがとうございます」


 勇者は英子から麦茶を受け取り、レイから離れたところで腰を下ろす。

 陽一は麦茶をもらうと、レイと英子のすぐそばに座った。


「まるで喧嘩している兄妹みたいだな」


 陽一が言う。あえて名指しはしなかったが、誰のことを言っているのかすぐにわかる。


 勇者とレイは互いに陽一を見て、それから互いの顔を見る。

 勇者は肩をすくめ、レイは何を言うことなく、そっぽを向く。


「……仲良くは、できないな。そりゃ」


 陽一はため息をつくと、麦茶を飲む。


「私たちが口を出すことでもないでしょ。それより、これ三人で分け合って」


 英子は陽一の手に、アイス棒の箱を渡す。

 牧場の風景をバックにデカデカとバニラアイスのイラストが、パッケージに描かれている。


 箱を開けると、計八本のアイスが棒を上に向けて詰め込まれていた。


「ほら、勇者君。それと、玲ちゃんも」


 洋一はアイスを二人に手渡す。

 それから自分の分のアイスを取り出し、箱を傍に退ける。


 ビニールの袋を破り中身を取り出すと、三人は揃ってアイスにぱくついた。冷たく、濃厚な甘さが口に広がっていく。


「それじゃ、お昼作っちゃうから」


「もうそんな時間か。……田んぼの方も見てこなくちゃな。まあ、二人ともゆっくりしてて良いからね」


 英子と陽一はそれぞれの用事を済ませるため、縁側を離れた。


 残されたのは、レイと勇者だけ。

 二人が消えたことで、途端に言葉が消え失せる。


 やかましいセミの音と、軒先に下げられた風鈴の音だけが、二人の耳に入ってくる。


「……平和だな」


 勇者がポツリと呟く。


「そうね。平和ね」


 レイが言う。

「我々には、もったいないくらいの、平穏だな」


「そうね。もったいないくらいね」


「……こんな世界だったら、我々は争わずに済んだだろうか?」


「さあね。考えたこともないわ」


 レイの言葉を最後に、二人から言葉が消えた。


 夏の音が、あたりに響く。

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