第33話

 誰かが坂道を上がってやってきた。

 レオナルドだ。彼の傍には、恭子と赤ん坊がいる。


「あら、江口さん。久しぶり」


「どうも……」


 レオナルドと恭子は軽く会釈をした。あの一件以来、じつに一年ぶりの再会だった。


「どうした、神妙な顔をして」


 ジャンの言う通り、レオナルドはいつになく不安そうな顔をしている。


「いや……その、なんだ」


「何をうじうじしているのよ。自分で決めたんだから、ちゃっちゃとやっちゃいなさいよ」


 恭子に尻を叩かれ、レオナルドは英子の前に出る。


 不思議そうに英子が見ていると、レオナルドは大きく息を吸い込む。

 腹圧を高めて体に力を入れた途端、破裂音が轟き、レオナルドの周囲に土煙が舞った。


 英子がむせながら、レオナルドの方を見ると、そこには見慣れない男が立っていた。

 赤い髪に金色の目。浅黒い肌は黒に変わっている。

 それが江口でありレオナルドであることに、英子は一瞬わからなかった。


「江口……さん?」


「ええ。そうです」


 少し気まずそうに、レオナルドは笑った。


「……すっかり、変わったわね」


「ええ。本来であれば、この姿が本当の私、レオナルドの姿になります。英子さんや陽一さんには、一度この姿を見ていただこうと思いまして。お邪魔させていただきました」


「そう。それで、わざわざ……」


 足元から胴体。さらに顔まで。レオナルドの体を、英子はじろじろと見る。


「恭子さんは、江口さんのこの姿を見たの?」


「ええ。問いただしてやっと。きっとあの一件がなかったら、一生見せるつもりはなかったんだと思いますよ」


「しょうがないだろう。突然こんな姿になれば、お前はきっと驚くだろうし、その……怖がってしまうかもしれないだろう」


「そりゃ驚くし、怖かったわよ。旦那が化け物だったなんて、びっくりするに決まっているじゃない」


 恭子がため息をつく。


「この子のことを考えてくれたら、子供を作る前に打ち明けてくれてもよかったのに」


 グサリ、グサリ。

 恭子の言葉が、レイモンドの心に刺さっていく。


 動揺するレイモンドを、ジャンは興味深そうに見つめていた。


「でもね。残念なことに、そんなあんたを私は今でも好きなの。結婚したことにも、この子を産んだことも、別に後悔はしてないし」


 そう言うと、恭子は肩を竦める


「まあ、あんたじゃない化物相手だったら、違ったかもしれないけど。……はぁ、私って、ほんと男運ないわ」


「息子に何かあったら、俺がなんとかする」


「当然でしょ? そんなの。偉そうに言うんじゃないわよ」


 レイモンドは真摯に訴えたつもりだが、恭子は一切取り合わなかった。

 ピシャリと彼の言葉を払い除ければ、レイモンドはうつむき、しょぼくれた。


「すみません、英子さん。みっともないところを見せてしまって」


 恭子は英子とジャンの目に気がついたのか。慌てて頭を下げて言葉を付け足す。


「い、いいのよ。別に。人には……江口さんは人じゃないけれど、でも、色々あるものね」


 英子は引き笑いをしながら言った。


 裏山の方から轟音が響いた。

 すると、家の屋根を飛び越えて、庭に何かが降ってきた。


 レイだ。強かに背中を地面に打ち据え、彼女は苦痛に顔を歪める。

 どうにか体を起こそうとするが、それを許すまいと、彼女に勇者がのしかかる。

 馬乗りになった勇者は、模造刀でレイの顎を打ち据えた。


 レイの顔が横に向き、力を失う。


「……終わりました」


 本日の戦闘。それを勇者の言葉が締めくくった。

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