四章

第31話

 それから一年。二回目の夏。

 レイと勇者は相変わらず、佐々木家の庭と裏山で戦い続けている。


 剣と剣を交え、時に魔法によって互いの体を削り合う。その戦いは荒々しく、時に美しささえ感じさせる。しかし、佐々木夫妻にとっては、あまり喜ばしいとは言えなかった。


 彼らが戦闘を行うたびに、蔵が壊れ、車庫が壊れ。山が崩れ、木が倒れ。

 毎度毎度、天災にでも見舞われたかのような破壊が起こる。これに怒りを覚えたことはしばしばあった。しかしきれいに直してくれることもあって、怒ることも次第に忘れていった。


 そして今は、ただ彼らのなすがまま。彼らの戦闘を見守る他になかった。


 昼下がり。

 昼飯を食べ終えた頃、勇者とレイは庭先で戦闘を行なっている。

 つい先ほど、蔵が崩れ去った。これで五回目。ここまで来れば、むしろ清々しささえ感じてくる。


「あまり壊さないでくれよ」


 縁側に座って湯飲みの茶をすすりながら、陽一が言う。

 しかし、きっと聞こえてはいないだろう。陽一の言葉は剣のかち合う音にかき消される。


「はい、おかわり」


 英子が戻ってきた。手には麦茶の入ったビッチャーを持っている。

 陽一の横に座り、戦闘の様子を眺めている。


 英子も、勇者とレイの先頭に最初の頃は取り乱していたが、今ではすっかり慣れてしまっている。

 格闘技を見る観客のように、すっかり彼らの戦闘に見入っている節さえあった。


「忙しいわね。あいからわず」


「ああ。二人とも、よくやるよ」


 何度目かの爆発。剣が日光のもとで煌めいた。


「飲み物とか用意しておいた方がいいかしら。今日は猛暑日だって言うから」


「そうかもな。スポーツドリンク、箱であったろ?」


「昨日のうちになくなっちゃいましたよ。そんなの」


「もうか?」


「もうですよ。あの二人がどれだけ飲むと思ってるんですか」


 英子が困ったように、勇者とレイを見る。

 今度は庭木が折れた。けたたましい倒れる音が、爆発音に混じって聞こえてくる。


「後で買ってこないとならないか」


「ついでに湿布と傷薬も買ってきて頂戴。それと、お惣菜もいくつかお願い」


「晩飯か。餃子とかでいいか?」


「餃子と、唐揚げがいいかしらねぇ。ああ、あと牛乳もお願い」


「多いな」


 陽一は苦笑しながら立ち上がり、座卓においた車の鍵を取る。


「すぐに帰ってくるけど、くれぐれもあいつらが家を壊さないように、見ていてくれ」


「ええ。わかってる」


 互いに笑い合い、陽一は家を出た。

 車は佐々木家から少し離れた、寺の駐車場に止めてある。

 もちろん、住職への許可はとりつけてある。車に乗り込み、エンジンをかける。


「……英陽がいた頃より、すっかり騒がしくなったな」


 陽一はため息をついたが、そのくせ、彼の頬は緩んでいた。

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