第30話

 勇者を佐々木家において、兵士と魔術師達は元の世界へと転移をした。

 それからまた一ヶ月ほどをかけて、首都へと帰還を果たす。


 ほとんどの兵士と魔術師は、長旅の疲れから、都について早々に休息を取った。だが、勇者から報告を任された兵士と魔術師はそうはいかない。

 疲れた体を引きずって、城へと入っていく。報告する相手は言わずもがな、ガトー・ジョンストン大将である。


 来客が少なくなった頃を見計らい、ガトーの執務室へと入る。会議記録、兵法、策謀哲学など。多くの書籍が終われた棚が、部屋の左右に並んでいる。

 ガトーは部屋の最奥部。窓を背にして仕事机に向き合っている。


 机の上には、報告書と決裁書が山と積んである。彼はその一つ一つを確かめながら、押印していく。


「大将殿」


 魔術師の声に導かれ、ガトーの目が二人を見た。兵士は敬礼をし、魔術師は背筋を伸ばす。


「勇者はどうした。まだ戻っていないのか?」


「はっ、その事なのですが……」


 兵士はこれまでのことを、事細かにガトーに伝える。ガトーは報告書を山に積むと、机に肘をつき、両手を組み合わせた。


「なるほど、それは面白いことになったな」


「魔王より休戦の願いが出ておりますが、いかがいたしましょうか」


「無論、飲んでやるとも。我々もいつまでも魔王と戯れあっていても仕方がない。我々の敵は、魔王意外にもたくさんいるのだからな。これで軍事費ももう少し節約できるさ」


 ガトーは背もたれに体を預け、息をつく。


「しかし、その異世界は実に魅力的だな」


「魅力的、と言いますと?」


「肥よくな土地。治安を担う組織がいて、平和がこの世界よりも保たれている。実に素晴らしいじゃないか」


「は、はあ」


 ガトーの目が怪しく光る。


「次元数値と座標は、まだ記録しているのか?」


「ええ。ですが、魔王との盟約により、後ほど処分する予定です」


 魔術師が言う。


「やらなくていい」


「……今、なんと?」


「処分しなくていいと言っているんだ」


 ガトーは立ち上がり、魔術師と兵士に歩み寄る。


「我々の世界ではない、別の世界。そんな世界を見つけられたこと自体、奇跡に近いことなのだ。そんな勿体のないことをするんじゃない」


「ですが、盟約が……」


「もちろん、魔王には手を出さないさ。興味があるのは、その異世界そのものだ」


 兵士と魔術師の肩を、ガトーは叩く。


「我々しか知らない世界。我々のみが先手を打って、その世界に手を出せる。こんな素晴らしい機会は二度とは訪れない。敵国に悟られることなく、軍備も、食料も用意できる。素晴らしことじゃないか」


「侵略するおつもりですか?」


 魔術師が尋ねる。


「侵略ではない。開拓だ。未開の土地を開拓するのは、有史以来からある人間のつとめだ」


「しかし、それでは魔王もろとも、勇者殿をも巻き込む可能性もありますが」


「そうです。我らの英雄にもしものことがあれば、民達が黙っているは思えませんよ」


「その点は心配いるまい。事実は、後から作られる。それが嘘か真かであるかは、案外関係がないのだよ。……報告ご苦労。長旅の疲労をとってくれ」


 魔術師と兵士の肩を叩くと、ガトーは執務室を出た。


「どちらへ行かれるのですか?」


 ガトーの背中に、兵士が言葉をかける。


「無論、王のところだ。開拓にも、王の許可がいるからな」


 そう言うと、ガトーは扉をしめた。


「……面倒なことになりそうですね」


 兵士は何気なく、魔術師に言う。

 魔術師は神妙な顔つきで扉を見つめたきり、口を開くことはなかった。

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