第28話

 一応会議は順調に進んでいったが、ひりつくような緊張は相変わらず続いていた。その原因が勇者とレイのいがみ合いにあるのは、言うまでもない。


 一触即発の空気になるたびに、ジャンが間をとりもち、どうか危うい均衡を保ち続けていた。


 この会議にて決められた内容。それは休戦に際して、お互いの立場を明らかにすることである。


 レイ達は勇者達が攻めいらない限り、攻撃を仕掛けない。

 勇者側はこちらの世界での戦闘をせず、転移につかった座標、そのた次元数値を放棄する事を約束する。


 大まかな内容はジャンの提示した通りになった。しかし、勇者とレイの因縁は揺るがない。

 国を介した戦争。それ自体をやめさせること。これは勇者に任せるとしたが、レイをこのまま見過ごすことは、彼の望むところではない。彼女の首を取らない限り、彼の戦闘は終わらないのだ。


 これに関して、レイも同じ意見を持っていた。

 勇者に殺された魔族は数知れず、中でもアレンの死は彼女に復讐心を植え付けた。勇者を殺す。それで彼女の闘争に幕が下ろされる。


 折り合いをつけるために、ジャンがいくつかの提案を試みる。が、それでも二人は折り合わない。時間ばかりが、無情に過ぎ去って行く。


「殺しあわなければ、ダメなんですが」


 煮詰まり始めたそんな時。ジャンからの報告を逐次聞いていた陽一が、ふとそんな事を言う。


 ジャンがそれを勇者とレイに伝えると、二人とも顔をしかめた。


「ええ。どちらか一方が死ななければ、我々の戦いは終わりを迎えません。それほどまでに、我々の因縁は深いのです。……貴方達には、理解はできないとは思いますが」


 勇者は夫妻を見つめながら言う。勇者の言葉をジャンが翻訳すると、陽一はうなずいた。


「私たちが軽々しく口を挟んでいい問題でないことは、重々にわかっています。ですが、私は玲ちゃんには……貴方達で言えば、魔王ですか。魔王さんには、死んで欲しくはないんです」


 勇者の眉間にシワがよった。レイは目を見開いて、陽一を振り返った。


「私たちと魔王は、たった一ヶ月ちょっとの付き合いでしかありません。それ以前に彼女がどんな事をして、どんなことを考えていたのか。それは私たちの知るところではない。だから、貴方達が悪いとも思わないし、彼女を悪と決めつけることもできない」


 陽一は慎重に言葉を選びながら、話を続ける。


「でもね、私たちは玲ちゃんには生きていて欲しい。私たちの命の恩人が、殺されるなんて考えたくはないんです」


「……この女が、貴方がたを、救ったのですか?」


 勇者が尋ねる。


 陽一はその経緯を、勇者に伝えた。自殺した息子のことも。息子の後を追おうとしていた自分たちの事も。


 隠すことなく勇者達に明かした。本当なら隠しておくべきことだった。だが、陽一はそんな事を考えていなかった。殺し合いを治められれば、レイが死ぬようなことにならななければ。ただ、そればかりを考えていた。


「これは、私たちのわがままです。互いの恨みが、私の言葉で解決するなど思っていません。それは十分わかっています。答えを今すぐ出さなくても構いません。ですが、もう一度、お互いに考え直す機会を設けてはもらえませんか? お願いします」


 陽一は、頭を下げた。続いて英子も、勇者達に頭を下げた。


 住む世界が違えど、同じ人間が魔王のために頭を下げる。これは勇者や、背後に控える兵士や魔術師の目には、奇妙な光景だった。


 兵士と魔術師は口々に話し合い、意見を飛ばし合う。同情と怒りの間に、答えを見出そうとして。


 しかし、話し合いは一旦終了せざるをえなくなった。それは、遠くから聞こえてきたサイレンが原因だった。


「ごめんください」


 玄関から声が聞こえてきた。男の、日本人の声だ。


「は、はぁい」


 英子は戸惑いながら、一人玄関へと向かっていく。一言二言、話をすると、また座敷へと戻ってきた。


「陽一さん、警察の方がいらっしゃいました」


「何?」


 陽一は体をびくりとさせる。

 レイと勇者の戦闘を目の当たりにしたのは、何も佐々木夫妻だけではない。

 近隣住民。

 通りがかりの農民。

 道路を走る車の中。

 様々な人間が様々な場所で、その戦いを見ていた。


 警察によれば、通報をしたのは近所の人間だと、英子は言う。

 動揺する陽一を尻目に、ジャンがスッと立ち上がった。


「私も一緒に説明をしましょう。陽一さん、少し私に付き合ってもらえませんか」


「大丈夫なんでしょうか?」


 陽一は心配そうに、ジャンを見上げた。


「問題はありませんとも。……話し合いを一旦休止しましょう。皆さんは、各々休んでいてください。が、外には出ないように。もし見つかったとしても、言葉がわからない風を装ってくださいませ」


 言うと、ジャンは陽一と英子とともに玄関へと向かっていった。

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