第26話

 陽一とレイモンドを家に運び入れたあと、恭子と英子はそれぞれの夫の看病を始める。幸い陽一はタンコブを一つ作ったくらいで、命に別状はなかった。問題は、レイモンドの方だ。


 背中には重度の火傷。切り傷、打撲。骨折。ありとあらゆる外傷によって、彼は重態にあった。


 至急治療の必要がある。

 病院に連れて行こうと英子は考えたが、そうするより早く、治療が始められた。


 治療を施すのは、ジャンと勇者の連れてきた魔術師。

 互いの因縁を一旦忘れ、けが人の治療に集中する。医療器具を使用しない、魔法による施術。光をまとった手が負傷した箇所に触れ、治療を施す。


 フィクションの世界でしか見たことのない光景。それが今、英子と恭子の目の前で行われている。理解と疑念を通り越して、二人は怪しげな治療に見入るばかりだった。


「今日一日、安静にしてもらえれば、大丈夫だと思いますよ」


 ジャンが汗を拭いながら、英子達に言う。

 レオナルドも陽一も、穏やかな顔で眠っている。


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 英子は頭を下げた。恭子はレイモンドの傍に座り、じっと彼を見つめている。


「あの、そちらの方にもお礼を伝えてください。貴方のおかげで、主人が助かったと」


 ジャンは肩を竦め、魔術師にそれを伝える。魔術師は侮蔑の顔をジャンに向けたが、英子の感謝を知るや否や、彼女に顔を向けて何かを言った。


「旦那様がお怪我をされたのは、我々のせいであります。旦那様がご無事で本当に良かった。本当に申し訳ありません。と言っています」


「……どんな事情があるかはわかりませんが、どうか私たちの命を脅かすようなことは、なさらないでくださいね」


 ジャンがそれを伝えると、魔術師は神妙な顔つきになって、英子に頭を下げた。


「これから、私と玲さん……いえ、魔王陛下とお呼びした方がいいでしょうな。こちらの陣営と、勇者側の陣営とで話し合いたいと思います」


「魔王……?」


「ええ。信じられないでしょうが、彼女は、私たち魔族の長です。この点もその会議の席で、全てお話しいたします。英子さんも、陽一さんも、御同席願えませんか?」


「でも、主人は今……」


「いや、一緒に話を聞かせてもらうよ」


 英子はハッとして、顔を向ける。布団から陽一が起き上がっていた。


「陽一さん……気がついたの」


「ついさっきな」


 陽一は弱々しく笑った。


「神宮寺さん。事情は、包み隠さずお話ししてくれますか?」


「もちろん。一切の隠し立てはしません。ここまで事を荒立ててしまったのは、私たちの存在が全ての原因ですから」


「なら、一緒に話を聞かせてもらうよ」


「でも、今さっき起きたばかりじゃ……」


「大丈夫だ、心配ない」


 陽一は英子を気遣うように、また笑みを浮かべた。その笑みが、英子をどうしようもなく不安にさせる。


「……英子さんも、よろしいですか?」 


 ジャンが言う。陽一の容体は気になる。しかし、話し合いの場に出席すると言う点に関して、英子は断る理由を持っていなかった。

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