第25話
勇者の剣が煌き、レイの顔を両断しようと振るわれる。二人の間に立つ者。それは二人のどちらかが死ぬまで現れないと思われた。
しかし、暗黙の了解も暗黙のうちにしか存在しない。それを破る、空気を読まない者は外れものは存在する。
二人の間に突如として現れた男。その男は勇者の剣を受け止め、レイの命を守った。
「ご両人、そこまでです」
男は言う。勇者は睨み、レイは驚きに目を見開いた。
「ジャン」
その男、ジャンはレイを見て、微笑んだ。
「吸血鬼か、貴様」
勇者が言う。
「ええ、お会いするのは、あの城以来になりますか」
「邪魔をするな。でなければ、貴様からまず始末してやるぞ」
「威勢がいい人間は、私は好きですよ。ですが、時と場合を考えてからにしていただきたい」
「何?」
「ここは貴方達の世界でもなければ、私たち魔族の世界でもない。ここに暮らす人間も、ここにある土地も、全て我々とはなんら関係がない。そんな場所で争いの種をまくこと。その危険と無遠慮さを、考えたことはありますか?」
「関係がない……?」
勇者は視線を泳がせ、周囲を見た。
周囲を取り囲む山々。雑木林。水田。コンクリート。これまで意識の外にあった景色が、勇者の脳内に染み込んでいく。
「ええ。全くの無関係。私たちはこの世界では、本来であれば存在せず、また我々の世界にこの世界の人間は存在しない。言語も、生活も、技術も、思想も、全てがまるで違う。いわば、異世界なのですよ。ここは」
「……魔族に苦しめられる人間は、いないのか」
「ええ。おりません。人間の敵は、人間と病原体しかいない。監視と牽制、交渉によってこの世界は微妙な平和を保っています」
「お前の言葉を、信じる道理はない」
「確かに。ですが、信じて頂かなくてはなりません。次元の超えたもの同士、この世界に少しの礼儀を見せなくては」
勇者はしばしの間、考える。ジャンの言い分を信じるか。もしくは、このまま殺してみせるかを、天秤にかけた。
「どうでしょう。ここは双方剣を下ろし、一旦休戦を話し合ってみるのは」
「何?」
考えを中断し、ジャンの顔をみる。これには、レイも驚いていた。
「場所はそうですね。佐々木さんの家をお借りいたしましょう。ここから近いですし、何よりこの水田は佐々木さんのもの。踏み荒らしてしまったお詫びも兼ねて、修復と相談をいたしましょう」
「どうして貴様の言い分に従わなくてはならん」
「ごもっとも。しかし、貴方の信念によって、彼らの財産は脅かされている。農民出の貴方ならば、ご理解いただけるでしょう。作物を傷つけられ、実入の悪くなった農家の行き着く先を」
勇者は言葉を飲んだ。そして、これまで踏み荒らしてきた水田の苗を見た。
「一度剣を収めていただきたい。それから、私たちで話し合いましょう。平和な世界では、剣より口の方が役に立つのです。いえ、役立たせなくてはなりません」
勇者は、剣から力を抜くと、鞘にしまった。
「……修復は、私と仲間達でやる。補填が必要であれば、私が用意する。だが、これはお前達のためではない。あくまで、ここの所有者に対してだ」
「ええ。わかっておりますとも。……陛下も、それでよろしいですね」
レイは、うなずいた。
「陛下の怪我と、田畑の修復が終わり次第、佐々木家で話し合いの場を作らせていただきます。その際には佐々木夫妻も同席してもらいますが、よろしいですね?」
そう言うと、勇者はうなずき、畔に沿って仲間達の元へ戻っていく。
「……間に合って、よかったです」
ため息と吐くと、ジャンは顔をレイに向ける。緊張の緩和。ジャンの頬がわずかに緩められている。
「なぜ、あいつを生かした」
レイが呟く。怒りと憎しみが、言葉尻から滲み出ていた。
「確かに殺すことはできました。しかし、佐々木夫妻の前で行うのは、気が引けたのです。私としても、あの二人にはいろいろと世話になりましたからね。彼らの心をこれ以上傷つけるのは、本意ではありません」
「奴は、アレンの仇なんだぞ」
「わかっております。ですが、アレン様とて、ここで戦を起こすことを望まれてはいないでしょう。ここでの暮らしを、アレン様は少なからず楽しんでおられたようでしたから」
「何……?」
レイは顔を上げ、ジャンの顔を見た。ジャンは、切り落とされたレイの腕を拾い上げていた。
「詳しい事情は後ほどお話しいたします。それよりも、早いところ腕をつけてしまわなくては。幸い断面はきれいなものです。入念に泥を落とせば、付けられないこともないでしょう」
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