第24話

 勇者と魔王の戦いは、苛烈を極めた。

 互いが互いを殺すために。剣を振り、魔術を唱え、全身を使う。


 そこに介入する余地などなかった。

 勇者の仲間も、レイモンドも、ただ見守っているより他にない。それは誰に言われるでもなく、暗黙の中に取り決められたことであった。


 勇者の剣がレイの脇腹をかすめる。痛みに表情を歪めながら、レイは魔法を唱え、小さな爆発を勇者の目の前で起こす。勇者の首が上向き、視界からレイが消える。


 勇者が目は動かし、レイの姿を探す。視界に捉えられる、ギリギリの地面。そこを這うように、低い姿勢をとったレイが、勇者に詰め寄っていた。


 剣を逆袈裟に動かし牽制を試みるが、一歩レイの方が早い。素早く懐に入ったレイは、横なぎに剣を振る。レイの剣は確かに勇者の腹を切った。だが、致命傷にはならない。


 勇者が体をくの字に曲げたことで、浅い傷をつけただけに終わる。

 勇者は腹を押さえながら、呪文を唱える。回復魔法。手のひらに浮かんだ光が、傷口を塞いでいく。数分と立たないうちに傷が塞がり、勇者は再び攻撃を始めた。


 一つ、二つ、三つ。剣が交わい、火花散る。畔はことごとくがえぐられ、コンクリートのグレーの中に、土がまばらに散らばっていく。

 水田の中を走り、苗を踏み倒しながら、二人は兵士たちより離れていく。


 ぬかるむ足元。泥がはね、思うようには動けない。レイはもとより、勇者もまた足を取られてしまう。


 袈裟懸けに振るわれた勇者の剣。それを避けようとレイが斜に構える。だが、足が泥の中に埋まり、動きが取れなくなる。好機と見た勇者は、泥を蹴り上げ、飛びかかる。


 振り下ろされる剣を、レイは受け止める。そして彼女は呪文を唱え、地面に手をつけた。泥が隆起し、鋭角な泥の柱が勇者に伸びる。空中で体をそらして先端をやり過ごす。


 が、次なる泥の柱が勇者の胴を捉える。天高く打ち上げられた勇者は、重力にしたがって、真っ逆さまに落ちていく。泥の中。強かに背中を打ちつけた彼は、泥の中に体を埋めた。


 口から血を吐き出し、勇者は体を起こす。体勢を立て直す前に、レイが瞬時に距離を詰め、勇者の前に立つ。


 首元に剣を突きつける。


「これで、終わり」


「……ならば、殺してみろ」


 勇者は怯むことなく、レイを睨みつける。


「ええ。殺してあげる。生かして返さない」


「ならばどうして、殺さない。以前のお前なら、こんな問答をする前に、手を下していただろうが」


 レイは答えなかった。

 少しだけ、ほんの少しだけ。殺害に対して躊躇する自分が、レイの中に生まれていたから。それを勇者に説明すえば、嘲笑うに決まっていたから。

 

 口をつぐみ、勇者を睨みつける。


「あの老いぼれの魔人のことを忘れたのか? 俺が首を切り落として殺した、あの老いぼれのことを」


 だが、そんな躊躇も勇者の一言でかき消された。

 飛び散る血飛沫。転がるアレンの首。城で見たアレンの最後の光景が、はっきりと目の前に現れた。


「……忘れもしない。お前に、アレンが殺された」


「ああ。俺はあの老いぼれを殺した。だが、お前たちの声で、俺の家族が殺された。お前は知らないだろうさ。末端のゴブリン共が喰い付いた人間のことなんてな。……だが、俺は忘れんぞ。お前の首を取るまでは、決して忘れない」


 勇者は泥を握ると、それをレイの顔に投げつける。

 泥が目に入り、レイはたじろいだ。その一瞬、彼女に大きな隙が生まれた。


 勇者は剣を翻し、レイの腕を切り裂く。痛みが走り、レイは後方へ退いた。


 レイの腕が濁った水の中に落ちた。彼女の剣も一緒だ。勇者は悠然と立ち上がり、レイに駆け迫る。目についた泥を払い、前を見る。


 瞬間、彼女の腹に鋭い痛みが駆け抜けた。

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