第17話
ひとしきり英陽のことを話し終えると、英子は息をついた。
「本当はね。私たち、二人で死のうとしていたの」
「フタリ、デ?」
「ええ、二人で。元から、そう決めていたのよ。英陽の四十九日が終わった後、命日の日に、一緒に死のうってね。馬鹿馬鹿しいと思うでしょ?」
レイは首を振った。
「ありがとう、優しいのね」
英子は、レイの頭を撫でた。
「ここから少し離れたところに、大きな楠があってね。そこに首を括ろうと思ってた。で、そこへいく途中で、貴女を見つけた。驚いたわよ。夜中に出歩いている人がいるなんてね。それも、一人で」
「……ワザト、ジャナイ」
「ええ。そうでしょうね。でも、深くは聞かないであげるわ。人には、いろいろあるものですからね」
英子はレイの頭に静かに腕を回す。そして、そっと彼女を抱きしめた。久しく感じなかった温もりに、レイは少なからず戸惑った。
「貴女は英陽じゃない。さっきは英陽の代わりだなんて言ったけれど、あの子は掛け替えのない息子だった。でもね、こう思うのよ。貴女をここへ導いたのは、英陽じゃないかって。私たちに、まだ死ぬなって、息子が言っているんじゃないかって」
英子の腕がかすかに震えている。レイが彼女の顔を見上げると、英子の頬に一筋の涙が溢れていた。
「勝手な思い込みかもしれないわね。ううん、きっと思い込みだと思う。でもね、貴女がいてくれたおかげで、私たちは死ぬのをやめられた。もう一度、英陽の死に向き合う勇気をくれた。感謝をしているのよ、貴女には」
英子の手が、またレイの頭を撫でた。
「……この話、主人には言わないでね。彼、意外と恥ずかしがり屋だから」
「……ワカッタ」
ぽんぽん、と英子はレイの頭を軽く叩いた。
「辛気臭い話をしちゃったわね。さて、草取りの続きをしなくちゃ。玲ちゃんは、好きに過ごしてくれていいからね。お昼まで、もうちょっと待っていて」
英子の顔に笑い皺が浮かぶ。軍手をつけ、鎌を持つと、英子は再び草刈りに勤しみ始めた。
レイにはわからなかった。
人間の感情の揺れも。
人間の気紛れも。
人間が子に対して何を思うかも。
それは、これまで触れることもなかったものなのかもしれない。
これまで理解しようとしてこなかったものなのかもしれない。
初めて触れるそれらのものは、彼女の心に妙な暖かさをもたらした。
それがなんであるのか。彼女にはわからない。
ただ、ポッカリと開いた心の隙間に、何かが入ってきたことは、間違いなかった。
ふと、忘れかけていた、母のことを思い出す。
父が殺されたあの日。彼の後を追って、毒を呷った母のことを。
英子を母に重ね合わせてみても、まるで似ていない。母は英子ではないし、英子は母ではない。当然の理屈である。
しかし、不思議と英子に母の一面を見たような気がした。
人と魔族。互いに相反するはずの。なんら関わり合いのない二人の女。
彼女たちを結ぶものは何もない。それなのに、レイは丸まった英子の背中に、母を見たような気がした。
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