第14話

 この世界に来てから、また数日が過ぎた。


「玲ちゃん。ご飯だから、降りてらっしゃい」


 英子がレイを呼んでいる。彼女の名前は、少し前にレイモンドから知らされている。

 高野玲。それがレイモンドが与えた、彼女の名前だ。外人と日本人のハーフで、外人の血を色濃く受け継いでいる。そういう設定だ。


 無論レイもレイモンドから話を聞き、了承してある。もっとも、呼ばれ方自体、変わることはないから抵抗もなかった。座敷を出て台所に向かう。引き戸を開けると、味噌のいい香りが鼻をついた。


「今、盛り付けちゃうから、少し待ってて」


 英子は鍋から煮物を取り出すと、次々にさらに載せていく。昨日作った、大豆と昆布、それに人参の煮物だ。


「はい、これ運んでちょうだい」


 英子は煮物の乗った皿をレイに渡す。戸惑いながら、レイはそれを受け取ると、テーブルの上に運ぶ。


「あと、悪いんだけど茶碗も出してくれない? 今ちょっと手が離せないから」


 英子は卵を割ってボウルでかき混ぜている。

 卵焼き。陽一の弁当のおかずだ。


 レイはうなずくと、陽一と英子、それにレイの分の食器を、テーブルに並べる。

 肌色の茶碗。

 柄の入った小さな茶碗。

 青い装飾の入った、中位の茶碗。


 それに味噌汁を入れる、茶色の腕がつく。レイが使っているのは、肌色の茶碗だ。元々は英子たちの息子が使っていたものなのだが、もう使うことはないからと、レイに充てがわれた。どこで何をしているのか、それはレイにはわからない。けれど首を突っ込んでまで聞く気にはならなかった。


 男が使ったものだから使いたくない。そんな生娘めいたわがままはレイにはない。使っていいものならば喜んで使う。レイは文句を言うことなく、今でも茶碗を使わせてもらっている。


「おはよう……」


 まぶたを擦りながら、陽一が起きてきた。

 食器棚からマグカップを取り出して、ポットからコーヒーを注ぐ。眠気覚ましの一杯。ちびちびとやっていると、英子が料理を終えていた。


「朝ごはん、食べましょ」


 タオルで手を拭きながら、英子は席につく。


「いただきます」


 陽一と英子の声が重なる。二人は同じように、胸の前で手を合わせた。

 独特の風習だった。レイはこの仕草を初めて見た時、不可解げに首を傾げたことを思い出す。

 

 陽一が言うには日本独自の作法で、食材たちへの感謝を伝えるものらしい。しかし歴史の面から見れば日の浅い作法で、別段やらなくともいいものらしい。ではなぜやるのかと訊けば、こうしてやる方がしっくりくるのだそうだ。


「ほら、早く食べないと冷めちゃうわよ」


 英子がレイに言う。レイはうなずく。そして、何を言うでもなく、彼女は料理に箸を伸ばした。

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