第11話

 それからまた一週間が過ぎた頃、佐々木家に男が訪ねてきた。

 午後六時。空が茜色に染まった頃である。


「ごめんください」


「はーい」


 英子がスリッパをすりながら玄関へと向かう

 玄関のドアは開かれ、土間に男が立っていた。


「どうも。奥さん」


 男は目深く被ったハットを取り、頭を傾ける。


「あら、神宮寺先生」


 灰色のスーツ。黒いネクタイ。ストライプのはいった、黒いシャツ。長い白髪を後頭部でまとめ上げている。美しい老紳士だ。その態度と見た目から、住民からは『先生』という渾名を奉っている。


「これ、よかったらどうぞ」


 神宮寺はビニール袋を英子に手渡す。中には、赤ワインが二本入っていた。神宮寺が経営している、ワインセラーのワインである。


「いつもごめんなさいね。……それで、今日はどうしたんですか?」


「ええ。実はちょっとした興味でして。ここにホームステイしている少女がいると聞いたものですから」


「確かにいますけど、それで?」


「よかったら、会わせてもらえませんか?」


「会うって言ったって、面識はあるの?」


「いいえ」


「なら、無理じゃないかしら。別に反対するつもりはないんだけど、彼女、結構人見知りする性質みたいだから」


「それは会って見ないことには、わかりませんよ」


 靴紐をほどき、居間に上がり込む。


「でも……」


「お願いですよ、奥さん」


 神宮寺は英子の顎をそっと掴むと、くいと顎を上げる。


「あ……」


「お願い、ですよ」


 茶色の瞳が、赤く光る。彼の目を見つめていると、英子の意識が次第に混濁し始める。


「会わせて、いただけますね?」


「ええ……どうぞ、こちらへ」


 英子は惚けた様子で、レイのいる座敷へと案内する。神宮寺は薄笑いを浮かべながら、その後を追っていった。

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