第5話

 レイは、裸足だった。足の裏に、小石が容赦無く突き刺さってくる。夢中で家を出て右に曲がる。左手にはビニールハウス。右手には石垣。石垣の上に椿の生垣が生えている。


 道を進んで行くと目の前を横切る道に出た。右は登り坂。左は下り坂だ。レイは下りを選び、進んでいく。


 両脇は緑色の水田が並んでいる。目を前に向けると、坂道の下を道路が横切っている。道路の向こう側には杉林と小さな商店が構えられていた。


「どこなんだ。ここは」


 レイが呟く。困惑はますます強まるばかりで、一向に抜けられる兆しがない。

 

 転移魔法は指定した座標へと瞬時に移動することができる。しかし、その座標は発動した本人しか知ることはできない。ここがどこで。どうしてアレンがこの座標を選んだのか。レイには全くわからない。


 坂を下り終えると、目の前を横断する道に出た。自動車が左右を猛スピードで走り去っていく。見慣れぬ代物にレイはたじろぐ。


「……なんなのよ、もう」


 未知。未知。全てが、未知。動揺はたやすく彼女の思考をからめとる。


「どこに行くんだい?」


 陽一の声が聞こえた。肩越しに背後を見ると、彼が急ぎ足で追いかけてきていた。レイは陽一から目を切ると、道路を右に進んでいった。


「どこへ行くつもりなんだ」


 陽一は後を追いかける。レイは返事をしなかった。理由は単純。陽一が何と言ったのか、わからなかったからだ。いや、たとえ理解していたとしても、返事を返すことはなかっただろう。しかし、彼の声色と態度から、その言葉の意味を察することはできた。


 だが、止まらない。陽一に追いつかれないように、彼女は足を早めた。

 路側帯と畔の間。歩道とも呼べない狭い道を、ひたすらに進んでいく。


「ここら辺は交通量も多いんだ。危ないぞ」


 陽一は間を開かないように、早足にレイを追ってくる。それに追いつかれまいと、レイはさらに足を早める。


 次第に距離が開いてきた。このままいけば、振り切れる。

 レイが確信した時、目の前に男が立ちはだかった。


 彼女は背後を気にし過ぎたせいで、男の胸板に思い切りぶつかってしまう。転げはしなかったものの、数歩背後に退いた。うらましげに男の顔を見上げた時、息を飲んだ。


「ああ、江口さん」


 陽一が言う。

 江口。それが男の名前らしい。しかし、レイは信じなかった。


 彼は、そんな名前ではない。


「……レオナルド」


 彼女の腹心の部下。

 オークのレオナルドが、彼女を見下ろしていた。

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