第3話

 レイと男の因縁。それが始まったのは、およそ五年前。レイが男の国に攻め入り、王を殺したことに端を発する。これにより戦争の火蓋が切って落とされ、魔族と人間の戦争が勃発した。


 男のレイの因縁が一層深まったのは、それから四年がたったある日のこと。男は勇者と名乗り、レイと相対していた。


「魔王、お前はもう終わりだ」


 勇者は剣を構え、レイに宣言する。

 無駄な贅肉を削ぎ落とした歴戦の兵士。鋭い眼差しが魔王たるレイを睨み付けている。


 レイは傷を負っていた。

 手足に、体に、顔に、背中に。傷のない場所を探すのが、困難なほどに。だがレイは苦しむ顔を見せない。傲岸に、そして不遜に。勇者を見下し冷笑を浮かべる。


「私の首をとれない奴が、よくもまあほざくものね。……グダグダぬかさず、さっさとこい。今度こそ息の根を止めてやる」


「言われなくても、そうしてやる」


 剣を構え、勇者は一気に駆ける。レイも受けて立とうと、剣を構えた。


 だが、勇者の一撃はレイには届かなかった。レイの背後から何者かが肩を引く。レイは背後に尻餅をつく。顔を上げると、そこには老人が立っていた。


「アレン。何をしている!」


 アレン。彼女の侍従の名前だ。

 黒い外套。そこから覗く黒い髪としわくちゃの顔。額からは二つの小さなツノが生えている。


「陛下、お逃げください」


「何を馬鹿なことを、私はまだ戦える」


「ええ。陛下はまだ戦える。動くことができる。ですから、今のうちにお逃げいただくのです」


「敵を前に逃げ出す王がどこにいる! お前たちを置いてなんて逃げるなど、できるわけがないだろう!」


「貴女がどれだけ拒否しようと、お逃げいただきます」


 アレンは呪文を唱え、空間が切り裂かれる。線は次第に円となり、空間に穴が生まれた。転移門。別の場所へと移動させる魔法だ。


「連れて行きなさい」


 レイの背後に二人の男が立っていた。

 黒鬼のレオナルドと吸血鬼のジャン。二人はレイの肩を持つと、裂け目の中へ彼女を連れていく。


「やめろ! 離せ!」


「御身のためであり、我々魔族のためなのです。ご理解ください」


 抵抗するレイを、ジャンがなだめる


「命令だ。離せ!」


「できません」


「離せ、離せ!」


 レイの目の前で、アレンと勇者が剣を交えている。

 互いに拮抗しているように見えた。だが、体力という面において、勇者の方に分がある。次第に押され始め、アレンは防戦一方だ。


「陛下、お許しを」


 レオナルドはレイの腹に拳を叩き込む。

 息がつまり、意識が混濁する。体に力が入らない。吐き気に襲われ、唾液と胃液が口から溢れていく。


 レイは目だけを動かして、レオナルドを見上げた。くもった顔が見える。自分も不本意であると言わんばかりに。


「……お嬢様、どうか、ご無事で」


 遠く、アレンの声が聞こえた。薄れゆく意識の中。彼女はアレンを見た。

 

 裂け目が閉じる間際。アレンの首が、勇者に切り落とされるのが見えた。

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