第29話 効果
拓馬は黒い煙の充満する地表を覗き込む。
暗い事もあって何も見えない。銃声がするので逃げてはいない。だがこれでは攻撃するのも面倒、というより何も見えなければ面白くない。
拓馬はひゅっと浮き上がると地上に向かって飛来し、ギギギッとスライディングするように降り立つ。
ひゅおおっ!
と風の音が響き渡ると、突風が吹き荒れ、黒煙を吹き飛ばした。
兵隊も突然の風に、顔を庇って耐える。
煙がなくなると、自分達の前に敵が降り立っている事に気付いて発砲した。
ギン! ギギギン!
という音と共に火花を散らして弾が跳ね返る。
飛んで来る弾に一つ一つ跳ね返る音を重ねる必要はない。拓馬が「今弾を跳ね返している音」を発している間は彼に弾は当たらないのだった。
ヒュゴッ! と地面から飛び立ち、兵を衝撃で吹き飛ばしていく。
混乱する兵をあざ笑うかのように、飛び交いながら薙ぎ倒していった。
その場に動くものがいなくなると拓馬は地面に降り立つ。
「さて、次の目標んとこに行くかな」
「拓馬! もう止めろ!」
声の方を見ると、そこにはこの場に似つかわしくない学生服を着た躍斗がいた。
「なんだよ、アニキ。今頃」
「そんな風に力を使うな。世界に消されてしまうぞ」
拓馬はへっと笑う。
「消されてねぇじゃん! アニキの言う事は嘘ばっかだよ。オイラの事だって助けてくれなかったじゃないか」
躍斗はぐっと言葉を飲み込む。
「だが、このままじゃお前は確実に消されてしまう。僕は運よく戻って来れたが、お前じゃ無理だ」
「そんなのやってみなきゃ分かんねえじゃん。なら前みたいにアニキがオイラより強いとこ見せてくれよ。そしたら言う事聞いてやるよ」
と拓馬は手をかざす。
ぐ……、と躍斗は身構える。すぐさま衝撃波に飛ばされたが、地面に叩きつけられる衝撃はコリジョンロックで防いだ。
ズビーッ! と足元に光線が突き刺さり、躍斗に向かってくる。
走って逃げる躍斗の後を光線が追う。
地震で盛り上がった地面に裏に隠れると、拓馬は上空へと飛び上がった。
ミサイルのように飛び交いながら衝撃波を発し、躍斗は亀のように身を固めているしかない。
ひゅっ、とコリジョンロックで固まる躍斗に向かって真っ直ぐに飛んだ拓馬は、そのまま拳を叩き込む。
ガッ! と見えない壁に阻まれたが「ガシャッ!」という音と共にコリジョンロックが壊れた。
目の前に飛んで来るパンチを時間を遅めて辛うじて避ける。
躍斗は地面を転がりながら、全てを破壊する拳が当たっていたらと冷や汗をかいた。
「へっ、さすがアニキ。結構やるね。でもそれじゃオイラには勝てねぇぜ」
地面に降り立ち、余裕を見せる拓馬に、躍斗はぐっと歯を食いしばった。
そこへ装甲車と言える大きな車両が二台、ゆっくりと近づいてきた。
基地の中からなので柳田軍が戻って来たのではないだろうと思ったが、やはり装甲車の間から出てきたジープには黒服と童顔の男が乗っている。
「この程度の敵を制圧するのに何分かかっている。さっさと終わらせて次へ行け」
「だってよー。人間ばっかでつまんねぇんだもん。もっとでっかい兵器をぐしゃーってぶっ壊したいぜ」
「お前はまず童貞を捨てる必要があるな。……ま、人を殺すって事だ。丁度いい、ソイツを殺してみろ」
と言って躍斗を指す。
「た、叩きのめせばいいじゃんか」
「ダメだ。そいつも能力者だ。どの道生かしてはおけん」
拓馬は唾を飲み込んで躍斗を一度振り返る。
「こ、こー見えてアニキ結構強えんだぜ。今も手こずってたんだ。無理だよ」
「オレを甘く見るな。手加減してたのは分かっている。本気を出せば、他の基地ももっと早く片付いたはずだ」
拓馬は言葉を詰まらせる。
「どうした? 早くやれ」
拓馬は躍斗に視線を戻す。それを躍斗は無言で受け止めた。
「い、いやだって言ってんだろ。もうお前の言う事なんかきかねぇ!」
拓馬はリオンに向けて手をかざしたが何も起きず、そのまま喉を押さえて後ずさった。
「オレを甘く見るなと言ったはずだ」
拓馬の喉に埋め込んであるマイクロチップに電気信号を送り、声帯を麻痺させたのだ。
「最後だ。ソイツを殺せ。一生声を奪うぞ」
チップにそこまでの力はないが、子供である拓馬を従わせるのには十分だった。
かはっ、と拓馬の呼吸が戻る。
ぜいぜいと息を切らしていたが、やがて泣きそうになった顔で躍斗を見る。
「アニキ……。ごめん」
ひゅっ、と拓馬は上空高く飛び上がる。
ぎゅーん、と空気を切る音と共に黒い影が飛来し、渾身の拳を叩き込もうとしていた。
速い。着弾まで一秒もない。
躍斗は時間遅延ではなく、走馬灯のようにゆっくりとそれを見ていた。
ただぼんやりと、コリジョンロックでも、時間遅延でも、これは避けられないのだろうな、と思った。
このまま成す術もなく死ぬ、と。
拓馬の拳が目前に迫った時、躍斗の足が地面に沈み、そのまま重力に従ってストン、と落ちた。
拓馬の一撃は地面を叩き、表面を放射状に歪ませる。
常識を遥かに超えた衝撃は、半径数メートルに渡って粉々にしてしまうと思われたが、拓馬の体が地面に着地するかどうか、という所でその動きがピタリと止まった。
リオンはその不自然な体勢を不審に思って目を凝らす。
トドメを刺せずに寸止め、というわけでもなさそうだ。まるで時間が止まっているかのようだ、とジープを降りて確かめようとするが、その向こうから人が歩いてくるのが見えた。
やはりこの場にいるのに似つかわしくない、どうでもいい印象の男。
その男、レッドは何でもないように真っ直ぐに歩いてくる。
「こんな子供に、随分ヒドイ事をするんだねぇ」
レッドは拓馬の横を通り過ぎざまに、喉元を手で払うような動作をする。
そのままリオンの前まで歩き、手を開いてその中を見せる。
そこには拓馬の喉に埋め込んだはずのチップがあった。
リオンは険しい顔でレッドを見据える。
「なんだお前。能力者か?」
「おや、僕の事を覚えてないのかい?」
「お前など知らん」
「ウヲジという武術の使い手で、部下を手玉に取ったんだが……」
やっぱり知らん、とリオンはさして興味を示さない。
「おい。ガキを元に戻せ」
「そんな事をしたら僕達もバラバラになってしまうよ。……でもね。元に戻すのは簡単だ。僕の悪口を言えばいい」
ん? と露骨に不審な顔付きになるリオンにレッドは続ける。
「僕には言われると堪らないNGワードがあってね。言われると我を忘れて怒り狂ってしまうんだ。そうすれば嫌でも能力は解除される」
尚も疑いの目を向けるリオンに、
「何、簡単だ。僕の見た目からすぐに分かると思うよ。誰しも言われたら許せない言葉というものがあるだろう? ボクちゃん」
ビキッとリオンのこめかみに血管が浮き上がる。
「いいだろう。当ててやろう」
リオンは顎を上げて、見下すようにレッドを見る。
「クズが」
「人間とはそういうものだよ」
「低能」
「僕の知識は教授並だと思うよ」
「死ね」
「いやそれ悪口じゃないし」
リオンはうーんと考え込み、考えられる言葉をリストアップし始めた。
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