第20話 四重奏の者

 皆と合流するため建物添いに歩く。

 位置的には建物の向こうだ。

 中を通れば近いと思うのだが、前に近道しようとしてゾンビに会ったんだったな、と思い出す。

 壁に手を着いて角を曲がった所で人と出くわした。

 それは女性。白い顔に目から口から赤い筋を流した女だった。

「う、うわわっ!」

 思いっ切り後ずさりして尻餅をつく。

 そのまま地面を掻くようにして下がり続けたが、ん? と目を凝らす。

 少し距離をおいて見ると、顔はゾンビだが、体は普通……というか服を着ている。

 しかも見覚えが……、美空か? と気が付いた所で白い顔が大笑いした。

 その横でキュオも笑っている。こちらは目の下にアイラインの様な線を入れたアニメキャラのメイクのようだ。結構可愛い。

 後ろで真遊海も咳込むほどに笑っている。

「やっぱり、躍斗。怖いの苦手なんだ」

 苦しそうに腹を抱えて笑うキュオに、誰だって驚く、と少しムッとして立ち上がる。

 しばらくはこのネタでからかわれるかもしれないな、と躍斗は少し憂鬱になった。


 ◇


 噴水の中をカップに乗って回るまったりした遊具に乗ったりしながらしばらく楽しんだ。

 このディスティニーシーは名前の通り水を使ったアトラクションが多い。

 中央に大きな湖があり、遊覧船なども出ている。優雅な音楽も流れ、遠くにオペラのような歌声も聞こえる。

 少し日が陰って涼しくなっきた頃、一行は湖に面したカフェスペースで休憩していた。

 広い空間を眺めていると心が安らぐ、と躍斗は風に当たりながら景色を眺める。

「でも、こういうトコに来るのホント久しぶり」

 美空も結構楽しんでくれたようだ。

 桐谷が人数分のホットドッグとジュースを持ってやってくる。

 本来もうどの店も全て品切れなのだが、桐谷が事前にVIP用に各店舗に数点は残しておくように指示している。

「えー炭酸のヤツないの~?」

 拓馬の訴えに桐谷は露骨に「このガキ」という顔をする。

 まったくもー、と文句を言いながらも紙のコップを手に口から「シュワーッ」という音を発する。

 するとその音の通りにコップの中に泡が発生し、炭酸飲料に変わる。

 躍斗は何も言わなかったが、桐谷は呆気にとられたような、感心したような曖昧な表情をする。

「へへっ、手品だよ」

 女の子らは自分達の話題に夢中のようだ。

「見事なものだね。僕も手品ができるんだよ」

 突然横から話しかけられてぎょっとしたが、声をかけてきたのは今まで居たのか居なかったのかもよく分からない男、レッドだ。

 レッドは手に百円玉を取り出し、右手の中に隠すと、左右の手を素早く交差させる。

 そして左手を開くとその中に百円玉があった。続いて右手を開くがそこには何もない。

 すっげー、もう一回やって、と素直に驚く拓馬に構わず、躍斗はレッドに小さく問う。

「タダで入ったんじゃないだろうな?」

「今日は入場フリーだったよ」

 しれっと答えるレッドだが、そもそもなぜこんな所にいるんだ? と躍斗は訝しむ。

 躍斗達をまた狭間に落としに来たのなら警戒しなくてはならない。

 女子達は各々見繕ってきた戦利品を見せ合うのに忙しそうだ。

 その輪から離れている桐谷は、隣の客が気さくに話しかけてきた程度に思ったようだが、一応真遊海の護衛を兼ねているので注意を払う。

「色男君。この技を身に付ければ、意中の彼女を射止めるなど造作もない事だよ」

 桐谷は一瞬自分の事なのかどうか分からず戸惑う。

 それは手品かそれとも狭間の力か。確かに真遊海が欲しているのは超常的な力だが。

 レッドはテーブルの上に手を当て、ゆっくりと持ち上げるとテーブルから盛り上がるように黒い固まりが出てきた。

 それをつまみ上げるようにして桐谷に見せる。

「必要になるよ」

 桐谷の使っていた拳銃だ。

 いつも持ち歩いているはずもないだろうから、保管場所から持ってきたのか。

 桐谷は引ったくるように拳銃を取ると何者かと訝しむようにレッドと距離を取る。

 風に乗ってオペラの歌声が大きくなった気がした。

 いや、実際大きくなっている。この声は……と躍斗は身構えた。

 大通りの向こうからやって来る影が四つ。

 その影はフードを深々と被り、遠目には影そのものに見えた。

 だが遊園地では、シーツを被っただけのような格好もそれほど違和感はない。

 道行く人も単なるコスプレかと好奇の目で見ている。

 だが笑いながら見ていた通行人は一人、また一人と地面に倒れる。

 躍斗と拓馬は反射的に耳を押さえた。

「なに? この音!?」

 キュオも耳がいいのか音に気が付いたようだが、こっくりと一度舟を漕いだと思ったら、ごつんとテーブルに頭をぶつけた。

 そのまま寝息を立て始める。

 人が倒れていく光景を茫然と眺めていた美空も、眠るようにテーブルに突っ伏した。

「な、なに!?」

 真遊海も異常を感じて立ち上がる。

 だが桐谷は真遊海の前に守るように立った。

「例の能力者です。ご安心を。対策を持って当たれば大した連中ではありません」

 ふっと真遊海も意識を失って脱力するのを躍斗が抱き留めた。

 桐谷は耳栓を取り出して耳に詰める。

「さ、お嬢さん達は安全な所へ。ここは僕が何とかします」

 真遊海は既に聞いていないが、桐谷は四人に向かい数歩踏み出した。

 躍斗は真遊海を椅子に座らせて耳を押さえる。

 押さえただけではそのうち意識を失う。

 長時間音に晒されているとやられるようだ。分かった上で意識をしっかり持っていれば少しは耐えられるが、それも限界がある。

 桐谷は拳銃の狙いを定め、発砲する。

 だが四人は発砲と同じタイミングで声を発すると、足を止める事もなく近づいてくる。

「音の層を作って弾道を反らしているようだね。弾は確かにプラスチックだけど、彼等はプロの始末屋だ。鉛の弾でも同じだろうね」

 レッドが指で耳の穴を塞ぎながら解説する。

 やはり彼等が来るのを知っていたようだ。

 桐谷は全弾撃ち尽くしたが、拳銃をしまうと警棒を取り出して伸ばす。

 バチッ! と金属棒から電気が走る。スタンガンを仕込んだ警棒だ。

 桐谷は不敵に笑うと四人に向かって走り出す。

 クイン・カルテットの四重奏が一気に吠えると、桐谷の体は遥か後ろへ吹っ飛ばされた。

 背後で水しぶきが上がる。真遊海が気を失っていて幸いだろう。

「なぜ鉄砲が効かない者に直接打撃が効くと思ったんだろうね? 彼は」

 レッドが落ち着き払って言う。

 躍斗に挑んできた時もそうだった。弾は外れるかもしれないが、打撃なら外れるはずはないと思ったのだろうが、今はそんな事を気にしている場合じゃないと、四人に注意を向ける。

 しかし、こいつらは音を集約した衝撃波を発する事も出来るのか、と躍斗は耳を押さえながら拓馬に合図する。

 前回してやられて以来、何も考えなかったわけじゃない。

 音には音。ここは拓馬の能力に賭けてみよう。

 拓馬が相手と同じような声を発すると、キーンとした耳鳴りが消え、頭が楽になった。

 相手も少し動揺したようだ。

「ほう。逆位相とは考えたね。相手の音と逆の波長の音を出して打ち消してしまう、オーディオ機器にも使われているノイズキャンセラーの技術だ」

 逆位相の音を直接発声する事など容易ではないが、拓馬の力は発した音を「そうである」と世界に誤認させる能力。

 拓馬自身が逆位相の音を発していると意識すれば、それはその通りの物になる。

 四人全ての音を消す事は出来ないが、どれか一つを無効化すれば音の共鳴によって効果を発揮する技は意味を成さなくなる。

 四人は足を止め、一斉に音階の違う音を発し始める。

 四階調の声が重なり、その内の一つを拓馬が相殺する。だが、四人組の一人が音を強めると同時に、テーブルに置いてあったコップが弾けて中身が飛び散った。

 衝撃波か? だが精度も悪く、威力も小さい。

「あいつら、三人でも技が使えるのか」

 相殺する相手を変えろと指示するが、攻撃が止まない。

「ダメだアニキ。どいつが攻撃してくるか分からねぇ」

 それに息が持たない、と咳き込む。

「一旦ここから逃げるぞ」

 このままではキュオ達にも被害が及ぶ。奴らの狙いは拓馬だ、と躍斗は走り出す。

 拓馬を先に走らせ、その後に躍斗が続く。

 ヴォン! と空気が鳴り、躍斗は足を取られて転倒する。

 気付いた拓馬が足を止めて振り返るが、

「走れ! ここは僕が食い止める」

 拓馬は頷いて再び走り出す。

 躍斗はゆっくりと歩いてくる四人の前に立ちはだかる。キーンという耳鳴りと共に意識が危うくなる。

 躍斗は片耳を押さえて片膝をつく。このまま意識を失うわけにはいかない。

 躍斗は体の囲むコリジョンをロック。ただし今回は完全に物理的にロックした。

 空気も物質。流動する小さな粒が充満しているような物。コリジョンという枠で空気の流動を遮断する。

 さすがに全身は無理だ。空気の粒の数が多すぎる。躍斗は頭部だけに集中する。頭を囲う四角い箱は外部の空気と遮断された。

 音は空気の振動。空気が繋がっていなければ音は伝わらない。躍斗の耳から音が消えた。

 だがそれは同時に空気が入れ替わらない事も意味する。コリジョンの内側にある酸素を使い果たしてしまったら終わり。

 ビニール袋を被って呼吸しているようなものだ。

 何秒持つ? だが、四人組が通り過ぎるくらいまでは持つはずだ。

 集中の為に呼吸が荒くなっているせいか、苦しくなるのが早い。

 躍斗は目の前が暗くなるのを感じた。

 血液に溶けている空気は該当しないから息を止めているのと実質変わらないが、緊張の為か全身の酸素消費量が上がっているようだ。

 暗くなる視界の中、足音が近づいてくる。

 躍斗は頭から地面に倒れ込んだ。

 意識がなくなるかどうかという寸前、次第に意識が戻り始める。

 ギリギリの所でコリジョンロックを解いたのが間に合ったようだ。下手をすればそのまま意識を失っていた。

 躍斗はゆっくりと体を起こして振り返る。

 やはり思った通り、奴ら後ろには音波を発していない。

 躍斗は深呼吸して、後ろから四人のうちの一人に飛び掛かる。

 拓馬の時と同じ技を使うには脳に酸素が足りない。

 大きくジャンプし、全体重を乗せたパンチを後頭部に叩き込もうとしたが、相手は後ろが見えているかのように横にかわした。

 そのまま躍斗の手を掴んで引き倒す。

 アップデートホールトが働いて時間がゆっくりと流れたが、空中にいた為どうする事も出来なかった。

 背中を地面に打ち付け、一瞬息が止まる。

 すぐに起き上がり、そのまま飛び掛かろうとしたが、腹を蹴られ、動きが止まった所を打倒された。時間遅延の能力は続けては使えない。

 声を出すだけの、体の細い男達かと思ったら、中々どうして格闘術にも長けているようだった。

 体を起こした時には四人は四方を囲んでいた。

 そして本を広げ、一斉に声を発する。

 中心にいた躍斗はあまりの音に耳を抑えたが、全く効果が無い。

 コリジョンロックも間に合わない。出来た所でその先には同じ結果しか待っていない。

 躍斗の意識はそのまま暗い闇へと落ちていった。

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