第19話 戦線告知
そして現地に向かった躍斗達を、真遊海は引きつった顔で迎えた。
「そ、そう。……連れって言うから、てっきりキュオちゃんだけかと」
躍斗の隣には連れて行く事に差し障りのないであろうキュオ、そして桐谷が迷惑をかけた当人である拓馬と美空がいた。
だが真遊海の隣にも桐谷がいる。
まずは、という感じで桐谷に仰々しく頭を下げさせたので、詫びさせる為に同席させたのは自然と言えばそうだ。
手下が美空に迷惑をかけた事も詫びさせようかと思っていたが、思いの外憔悴した様子の桐谷にこれ以上追い打ちをかけるのも気の毒な気がしたし、何より夜中になぜ美空を助けるに至ったのかを説明するのも面倒だった。
拓馬が力を使う所は直接見られていないので能力の事は知られていないはずだが、これで諦めたのかどうかまでは分からない。
少なくとも真遊海は拓馬にそれほど関心を示していないし、桐谷はしばらくの間それ処ではないように見える。
それにしても周りには誰もいない。ここまで閑散とした遊園地など見た事もないが、返って不気味だ、と躍斗は広大な敷地を見回す。
「なんか、落ち着かないわね」
「うん、……恐いよ」
美空とキュオも同じ意見の様だ。
まー気分が優れなければすぐ出口までご案内しますわよ、と真遊海は大仰な素振りを交えて言う。
「いや、僕も。大勢で賑わってこその遊園地だと思うが」
「すぐに厳戒令を解除して!!」
真遊海に怒鳴られた桐谷は「は、はい」と慌てて携帯を取り出す。
多くの来場客は入り口前で不満を訴えていたようで、場内はすぐに客で賑わい始める。
帰ってしまったり、ディスティニーランドの方へ行った客もいるので、ほどよい賑わい具合だ。
一般客には迷惑な話だったろうが、水無月が世に振りまくものの中では小さな部類だろう。
では私はこれで、と下がろうとする桐谷を真遊海は手で制止する。
まだ何か? と訝しむ桐谷に、
「あー。あなたはこちらのお嬢さんをエスコートしてあげてくれないかしら」
と美空の方へ促す。
はあ……、と納得いかない素振りを見せながらも素直に従う。
確かに人数的には丁度いい具合になった。
もっとも拓馬は躍斗の傍を離れないし、キュオも小学生など眼中にない。結果二人は常に躍斗の周囲にいる。
美空もいきなり見ず知らずの男性と打ち解けるはずもなく、結局は躍斗を中心とした一行になった。
真遊海もキュオや美空の前ではベタベタする事もなく一定の距離を保っている。
結果、思いの外普通の集団になった躍斗達は普通に遊園地を回っていた。
普段より人は少ないが店には結構な行列ができている。
まずは何か飲みながら、あるいは食べながらが定番だろうと、手近な屋台に並ぶ。
結構並ぶかと思ったら思いの外進みは早く自分達の番になる。皆ソフトクリームなど思い思いの品を取った。
皆機嫌よくあれこれ指さしながら歩いていたが、桐谷が何気なく歩く速度を早めて真遊海に近づく。
「あの、……お嬢様」
なによ、と素っ気なく返事する真遊海に耳打ちするように言う。
「ここを貸切にした時に飲食や土産物を全て無料提供するようにしていましたので……、客が殺到して早くも品切れが目立ち始めています」
「あっそ。じゃ急いで補充させて」
この娘は金さえ上乗せすれば何とでもなると思っているのではないだろうか、と若干桐谷の顔が引きつる。
本来躍斗達一向だけがうろついているはずだったのだ。しかし店員やら何やらは平常通り配置している。
ほとんどの店は客無しで立っているだけになる可能性もあったので、商品は全て水無月が買い取っている。それに補充するとなったらその分も上乗せしなくてはならない。
それは単なる予算の話だが流通はそうはいかない。この時間に突然そんな事を言われても……と、どの業者も難色を示すだろう。
しかしそれをしなければそのお鉢は桐谷に、正確には桐谷の管轄の会社に回ってくるのだ。
既にここの貸切費用も負担している。
桐谷は一行の最後尾について電話でひそひそと話しているだけになった。時折ペコペコと頭を下げている。
その様子を躍斗は少し気の毒に思いながら見ていたが、水無月内部の問題なのだから口を出せるものでもない。
「ねー。アレやってみたい!」
キュオが人だかりを指さす。
ボディペイントの店の様だ。頬や腕にイレズミのようなペイントを施してくれる。
周りを見渡すと結構やっている人もいる。お気に入りのキャラクターを描き込むものから、キャラクターになりきるメイクまで幅も広い。
キュオ、拓馬、美空が列に並んだ。
躍斗は別に興味はない。真遊海も同じようで、桐谷はそれどころではない。
「でもよかった。キュオちゃん楽しそうで」
真遊海が木製のテーブルにもたれ掛かりながら言う。
穏やかな表情で言う真遊海に計算の色はない。
元々キュオに携帯を持たせたりしたのは利用する為だったが、今は純粋に自分の妹のように思っている節がある。
キュオもそれを感じ取っているのか、本来ライバルに位置するはずの同年代の娘なのに好意的だ。
もっとも前宇宙ではキュオを利用したが為に、躍斗を本気で怒らせて崩壊させたのだ。それをなんとはなしに感じ取って、無意識に好意にすり替えているのではないかと思っている。
そうでなければ、キュオを自分の妹だと思うという事はそれはつまり……、とその先を躍斗は考えないようにしていた。
「ちょっと時間かかりそうね。利賀くんわたし達も何か見に行こうよ。桐谷、ここで留守番お願い」
真遊海は強引に躍斗の手を取る。
桐谷は電話を受けながら異議を唱える事もできず見送った。
「ねえ、利賀くん。美空さんの事だけど」
揚げ菓子、チュロスを齧りながら真遊海は切り出す。
「勘違いしないでよね。妬いてるとか、そんなんじゃなくて……、マジメに、普通の人でしょ? 利賀くんは普通にしてても危険がつきまとうんだよ」
そ、その……、と真遊海はもじもじと指を擦り合わせる。
「き、危険な組織とかさ。狙われるわけじゃない?」
声が小さくなる。その第一人者が自分である事の自覚はあるようだ。
「なんて言うか。対抗? できるというか、そういう力を持っている人がそばにいる方がいいんじゃないかなーって」
自分が守ると言いたいのだろうか、と躍斗は俯(うつむ)く真遊海を見据える。
同盟だろうが支配だろうが、水無月は力を兵器としか見ていない。関われば世界は排除にかかる。
支援される事も願い下げだし、借りを作りたくもない。
「普通と違うとは思ってるけどさ。別に普通じゃない生き方をしたいわけじゃない。僕は自由でいたいんだ」
それはそうだろうけど……、真遊海は歯切れが悪い。
チュロスを齧りキュオ達の所に戻ろうとする躍斗に真遊海は声を上げる。
「じゃあ言うよ! 水無月はわたしと利賀くんが付き合ってると思ってるんだよ。そうしないと上の奴らまた利賀くんを狙う。わたしが……、支配下に置いてる事にしてるから抑えていられるんだよ」
真遊海は思いつめたように言う。
躍斗は一瞬きょとんとしてしまうが、やがて真遊海の言わんとしている事を理解した。
結局事態は何も収まっていないのか。
水無月は今をもってしても躍斗の力を狙っている。拓馬に狙いをつけたのも同じ。
力を持つ者は支配できないなら敵になる前に抹殺。そんな連中だった。
それを真遊海は懐柔に成功したと報告して、それ以上の介入をさせないようにしていたのだろう。
実際、前は強引でも懐柔はほぼ成功したと言える。成功したからこそレイコは全てを無に帰し、それが切っ掛けで宇宙は崩壊した。
だが水無月の上役もいつまでも様子を見ていない。
懐柔に成功したなら今度は成果を出せと言ってきているのだろう。
それを何だかんだと先延ばしにしているが、もうそろそろそれも限界に違いない。
宇宙崩壊の危機を躍斗やキュオに対する心配にすり替えているのか、それとも本心なのかは躍斗には分からないが、少なくとも躍斗を水無月に渡したくないというのに嘘はないはずだ。
だから真遊海に支配されているフリをして、水無月を納得させるのに協力してほしいと遠まわしに言っているのだろう。
躍斗は少し表情を和らげる。
「それこそ、そんな負担をキミに負わせるわけにいかないだろ。元々僕の問題だ」
真遊海は目を赤くして頬を膨らませる。
その言葉は嬉しいけど本当はもっと頼ってほしい、というような事を呟いているがあまり聞き取れない。
真遊海は涙を拭くような仕草をして深呼吸する。
「わたしは水無月を裏切れない。家から離れればただの小娘だもの。だからわたしは水無月として絶対アナタを手に入れる。手に入れてみせる。これは宣戦布告よ」
と仁王立ちして指を立てる。
躍斗は多少面食らったが、笑みを浮かべて、その言葉を受けて立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます