第21話 模擬戦争
日本の国土から離れた、治外法権の地。
サウジアラビア領であるこの砂漠地帯は日本国憲法も適用されない。
この地に世界でも指折りの私設軍隊が集結しつつあった。
東に水無月、西に神無月。
東側は部隊の規模としては約一個小隊から歩兵を除いた程度。
将棋で言う所の歩を除いたような規模の戦力だ。
拓馬を廻っての小競り合いで各々の地域を侵したなどの抗議は、どちらが先に始めたなどの稚拙なやりとりで泥沼化していた。
結局の所互いにメンツを保ちたいものなので、話し合いによる解決などあろうはずもなく、慣例に従って決着を着ける運びとなった。
海外の互いの組織の中立となる領土においての、演習を名目とした模擬戦。
信管を抜いた、つまり爆発しないミサイルを使っての実戦に近い模擬戦闘だ。
用意する兵力に制限はなく、その時に集められる兵力を総動員させる。互いの兵力を見せ合い、このまま戦争を始めればどうなるかを分からせるのが目的だ。
水無月と神無月の財力は均衡しているが、兵器の製造や研究においては水無月の方が抜きん出ている。
神無月は人と人との抗争には長けているものの、兵器を投入しての戦争はテロリストと大差ない。
要は金で他国の兵器を買ってきて配備している。その為中古品や型遅れの物も多い。
それだけなら戦術で埋められるが、神無月にはその経験がない。
はたから見れば圧倒的に水無月の方が戦力が上なのだが、神無月も「総力を挙げればこんなものではない」「今回は負けにしておいてやるが実際戦闘を始めればわからない」と捨て台詞を残し、表向きの大人対応をして事なきを得る。
しかしながら、その分違法な密輸や暗殺、日本国内での戦争において神無月が脅威である事には変わりない為、水無月もそれ以上は踏み込まない。
しかし時には「やってみなければ分からない」という言に対し「ならやってみればいい」と開戦する事がある。
模擬弾とは言え、負傷者はもちろん場合によっては死者が出る事もある。
今回の場合、神無月が先行していた案件に水無月が後から手を出したのだ。
どちらかと言うと神無月の方に理がある為、水無月は必要以上に多大な戦力を集結していた。
本来ならこんな所で出すような物ではない最新鋭の兵器まで投入している。
高度な電子妨害装置を積んだ高速戦闘ヘリ。電磁波で機器を狂わせる電磁場発生装置。
いずれも躍斗に学んだ狭間の力に対抗する為に研究していたものだ。
それが必要な訳ではないが、要は凄そうに見せて相手の戦闘意欲を削げばいい。
模擬弾と言っても、数十トンの鉄の塊が相手の陣に降り注ぐ事になる。
今回の指揮官を任された水無月私設軍の森脇部長は、今回自分達に若干非があるとは言え、少々大人気ないのではないかと思いながら、部隊を率いていた。
そして神無月の布陣を見て更にやる気を失った。
相手の陣にいるのは装甲車が数台と、大型のヘリが一機。確かに性能はよい部類に入るが、それは主に頑強さであり攻撃力ではない。
ヘリに至っては着陸している。
模擬戦とは言え戦争だ。集まってから「はい今から始めます」という号令はない。戦闘態勢を整えずに油断しているのなら遠慮なくそこを叩くまでだ。
これは初めから戦いを捨てて守りに徹している。
模擬戦闘とは言え、部隊を収集して発砲すればそれだけで莫大な金がかかる。私設とは言え実働しているのは本物の傭兵であるから人件費だけでも国家予算枠だ。
模擬戦にかこつけて相手の出撃費を減らさせるのが目的だったなら、これは水無月の負けではないか?
装甲の厚い兵器なら、信管の入っていない弾などいくら当たっても死にはしない。まあ乗っている者はかなりの恐怖を味わう事になるが、重役は痛くもかゆくもない。
半面こちらは大損だ。
しかも相手の兵力を削げるわけでもない。並んでいる兵器を全て使用不能になるまで叩いた所で大した被害額ではないだろう。
これはやられた。まさかそうくるとは。
森脇は指揮車となる戦車のハッチを開け、顔を出す。模擬弾しか使用しないこの戦いで狙撃される事はない。
しかしこうまで舐められてタダで返すわけにもいかない。少なくとも出撃して来た者達には徒歩で国まで帰ってもらおう。
何人かには死んでもらうか。一台に全兵力を集中させれば装甲車でも中の人間もろともグシャグシャだろう。
仮にも戦争の模擬である演習に、そんなふざけた奇策を弄する者には、これが人の生き死にのかかった殺し合いである事を思い知らさなくては。
森脇は改めて敵の布陣を肉眼で確認する。
攻撃を開始する為、ハッチを閉めようとすると神無月陣営の上空に光が灯った。
光は映りの悪いテレビのようにノイズがかったが、やがて映像を形作る。
粒子を大気中に散布し、それに光を投影する立体映像だ。
煙の中で光の筋が見えるのを応用した技術によるもの。
映像に映った人物を、水無月の者は皆子供だと思ったが、目つきと物言いから少なくとも成人しているであろう事は理解した。
「今回の演習の指揮官を勤めさせて頂く、神無月リオンだ。このような演習に狩り出されるのは初めての事でね。少々面食らっている。非礼をお許し願いたい」
森脇は指揮車に備え付けてあるメガホンを取り出し、名と所属を述べる。
今回相手が何を言って来ようが叩き潰すつもりだったから、およそ話し合いの為の装備を用意していない。
しかし相手陣営は状況を何も知らされていない、狩り出されただけの新米のようだ。
戦力では敵わないとみて、完全に捨て駒を当ててきたのだ。
この童顔の男もどのような意味のある演習なのか、まるで分かっていなかったのだろう。
なんの事はない。舐めているのではない。ただ面倒を押し付けられただけの気の毒な新入社員だったのだ。
森脇は相手の労をねぎらう言葉を述べた後、これ以上無駄な燃料を使う事もないだろうと事態の収集を切り出す。
以降、新井拓馬の件については水無月が主導する。神無月は一切手を出さないという事で収めようという事を事務的に述べる。
「失礼、普段世界首脳クラスの者を相手にしているものでね。貴殿の言っている言葉の意図を理解しかねる。これはいわゆる上司の手前、精一杯の虚勢は張らざるを得ない、悲しきサラリーマンの宿命というやつか?」
森脇は露骨に「何を言ってるんだコイツは?」という顔になるが、相手に見えるはずもない。
メガホンごしにありったけの声で怒鳴る。
「茶番は終わりだ。さっさと誓約書にサインをしろ。それで終わりだ」
「それもよいのだが、オレは面倒はキライでね。貴殿らがこのまま帰らなければ上役は全て理解する。その方が早い」
森脇はうんざりする。
そうか。こいつは状況が見えていないのか。この童顔の男は安全な場所から衛星通信で映像を送ってきているのだ。
いるんだ……、こういう奴はどこにでも。自分達が負けるという可能性に考えが及ばない。痛い目に遭わなくては分からないのに、自分だけは痛い目に遭わないからいつまで経っても分からない。
しかし、自分達の部隊が帰らなければほんの少し理解もできるだろう、とメガホンを構える。
「貴殿の提案に同意する」
とだけ言うと、全軍に指示を与える為に戦車内に戻ろうとするが、その時相手陣営に人影が見えた。
歩兵!? そんなバカな。確実に死ぬぞ、と一瞬躊躇するも、それがワナかもしれない。
一応パワードスーツか何かかと思い、目を凝らしてみるが剥き身の人間だ。
全身を覆うマントに深くフードを被っている。それが四つ。
気の毒だが仕方ない。戦場を舐める奴は死ぬ。それだけの事だ。一応礼儀として、その勇者の姿を目に焼き付けようとした所で空気が震えたような気がした。
キインと大気が鳴り、ビリビリと車体が振動する。
パン! と金属が弾ける音が上空に響き渡り、見上げるとヘリが一機ゆっくりと下降してきていた。
そしてまた一つパンと弾ける。
今度は森脇にも見えた。ヘリの羽、ローターが四方に飛んでいたのだ。
ヘリの上部で回転し、風を下に送る事で機体を上昇させる。その接続部分が壊れて羽が弾けて飛んで行った。
羽を失ったヘリコプターはなす術もなく落ちるしかない。
重装備の巨大なヘリは下に布陣していた装甲車の上に落ち、気化した燃料をまき散らして爆発する。
飛んでいたヘリが全て落ちていくのを森脇は茫然と眺めていた。
だが突然、頭が割れるような音に耳を押さえて戦車の中に引っ込む。ハッチをしっかりと閉め、何が起きているのだと乗員に確認するも答えられる者はいなかった。
車体の振動が大きくなり始める。
攻撃されていると気付き、反撃を指示しようと無線機を掴んだが「熱ちぃ!」とマイクを放り投げた。
気が付くと車内に熱が籠っている。まるで蒸し風呂だ。
反撃……、いや撤退しろ! と乗員に指示するも同じの様だ。ハンドルもレバーも熱くて触れない。コーティングのラバーが溶けてしまっている。
ブツンとモニターが切れ、ランプや計器が割れはじめる。外からも爆発音が聞こえ始めた。森脇はパニックになりながらも、外へ飛び出そうとハッチのハンドルを掴む。
じゅうという音とも共に肉の焦げる臭いが立ち込め、激痛が走ったがそれでも絶叫を上げながら力を入れ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます