第6話 闇夢

 その夜、深夜を過ぎた時刻。

 うーん……と躍斗はベッドの上で寝苦しい声を上げる。

 何かが体の上にのしかかっているような感覚があり、寝返りを打とうとしたが体が動かせない。

 夢の中のようでもあったが、妙に意識はハッキリとしていた。

 しかし金縛りに遭ったかのように体が動かない。瞼が開かない。

 僅かに身じろぎするのが精一杯で、体は石になったようにビクともしなかった。

 息が苦しい。空気を飲み込むように喉を動かす感覚が一際大きく感じられる。

 この苦痛が夢であるとは考えられない。

 周囲を探ろうにも瞼が開かないが、無意識に力を使ったのか、目を開けたかのように目の前の光景が感じとれた。

 いつもの天井が写真のネガのように白黒に視える。本当なら真っ暗なはずだ。

 そして体の上にのしかかるように乗っている人影。

 腰に馬乗りに跨がっているのは長い髪の女性。

 V型に開いた胸元は、胸開きが広いどころかヘソまで見えている。

 その布の巻いただけのような衣服を着た若い女性には見覚えがある。

 以前世界が崩壊した後に一度だけ会った狭間の死神、レイコの人間の姿だ。

 妖艶とも言えるような半裸の美女がベッドの上でのしかかっているわけだが、相手がレイコだと思うと背筋に寒いものが走る。

 普通、夢に出てくるならゾンビの方だと思うが……と様子を窺う。

「なぜかって? それはもう分かってるんじゃないの?」

 レイコは冷ややかに見下ろしたまま口を開く。

 気まぐれで力を使っているからか? 世界の観測者としての役割をきちんと果たしていないからか? 考えればいくらでも思いつく。

「そう。でもそれは前と同じ。世界にとって都合の悪いモノは世界によって排除されるだけ」

 その通りだ。偶然の事故によって排除されるか、狭間に落ちて人知れず世からいなくなるか。

 それが出来なければこの死神によって直接排除されるんだ。

 でも消しにきたならいつものように現れればいい。こんなふうに接触してくるなんておかしな話だ。

「そうよ。これは夢だもの。あなたの中にある潜在意識、つまり夢に語りかけてるの」

 ハッキリそう言われると返って疑ってしまうのは自分が捻くれているからか? などと思いながら躍斗は喉を動かす。

 声を発する事も出来ない。

 レイコは前屈みになって顔を近づけ、両手で躍斗の顔をガッシリと掴む。

「これはあなたの夢。だからあなたの意識に無い言葉をわたしは話せない」

 レイコの手はそれほど温かくはないが、夢とは思えない確かな感触があった。

 レイコは真っ直ぐに目を見つめ、

「わたしがあなたに言った言葉を覚えてる?」

 躍斗は全身から汗が吹き出すのを感じた。

「あなたには期待している」

 レイコは手を放し、ゆっくりと体を起こす。

 口の端を上げ、年相応の、人間的な笑みを浮かべると、

「ガッカリさせないでよね」

 と言うと両肩の布に手を掛け、左右に開いた。

 美しい肢体があらわになったがそれは一瞬の事で、肌はすぐに白く光り、黒目の無くなった目から口から黒い液体を溢れさせた。

 はっ、と気が付くとレイコはいない。

 躍斗は全身に冷たい汗をかいて息を荒げていた。

 悪い夢を見ていたのだろうか、と体を動かそうとして、まだ伸し掛かるような重さがあるのに気が付いた。

 見ると胸の上にキュオが覆いかぶさるように乗っている。

 躍斗は息をつき、やれやれと再び目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る