第7話 美空 梨那

「誰だ! 携帯鳴らしてる奴は!」

 教室内に強面の教師の怒声が飛ぶ。

「誰の携帯だ! ああ?」

 教師は威圧するように音がした辺りをうろついて一人一人を睨みつける。

 皆身に覚えがないようにキョロキョロと周りを見回す。

 短い音だったのでメールのはずだが、その着信音は誰の趣味でもないものだった。

 教師は「庇い立てするな、誰のだ? 言え」とでも言うように手近にいたお調子者の生徒に詰め寄る。

「知らない……、ホントに」

 生徒の真っ青な様子に教師は鼻を鳴らして教壇に戻る。

 お調子者の生徒は胸を撫で下ろし、「誰のだよ……まったく」と周りを不満そうに睨みつける。

 その少し後ろで躍斗は身を固くして息を殺していた。


 ◇


 休み時間になると、躍斗はこっそりとズボンのポケットに手を伸ばした。

 中から薄い板の形をした物を取り出すと、皆に見えないようにして確認する。

「ねぇ」

 わあっ! っと声に出さずに驚き、危うく手の中の物を落としそうになる。

「利賀君の携帯でしょ」

 そっと耳打ちするように言うのは、躍斗の斜め後ろに座っている女子。

 名前は美空 梨那(りな)。

 大人しいというほどでもないが、どの女子グループにも入っていない。かといって浮いているわけでもなく、周囲とは一定の距離を保ってあまり深く関わらない。

 躍斗に似たタイプとも言えるが、躍斗よりは周囲と接する事が多いように思えるのは女性だからだろうか。

 どちらかというと美人に分類されるだろうが、やはりあまり目立たない。

 周囲からは勉強に真剣に打ち込んでいるんだろうと思われている。

 そんな彼女が躍斗に話し掛けてきた。

 似たタイプだから通じるものがあって気付いたのだろうか。

 躍斗が携帯を持っていない、電話する友達もいない事は周知の事。

 だから誰も疑わなかったのだ。

 そもそも美空が自分から男子に話し掛ける事自体が珍しい。

 それの意味する所は、真面目故に咎めに来たという所か。

 驚きの為表情を隠す事も忘れていたので、美空は可笑しそうに笑う。

「先生には言わないよ。多分、家族の人に無理矢理持たされて、マナーモードにする方法も分からないんじゃないのかなーって」

 ほぼほぼ当たっているが、さりげなく同年代の女子に持たされる可能性は皆無だと言われたような気がした。

「マナーモードが分からない時は電源切っとけばいいよ」

「いや、電源入ってないと思ってた」

 観念して手の中の物を見せる。

 電源の切り方も分からないと正直に言う。

 だいたいボタンが一つしかないのにそれを押しても電源が切れないとか……とぶつぶつと文句を言っていると、ちょっといい? と美空が携帯を手に取る。

「スマホの電源はここ」

 と板の横の小さな突起を指す。

「これ長押しすれば電源切れるけど……、マナーモードにしてあげようか?」

 躍斗は戸惑いながらもお願いする。

 躍斗としては周囲に携帯を持っている事を知られたくはない。

 美空は慣れた手つきで携帯を操作する。

「これでいいよ」

 美空の差し出す携帯を礼を言って受け取った。

「それ、妹さんのお下がりでしょ」

 絶対そうだ、と確信した笑みを張り付けて言う。

 確かに「妹と通話」する為の物のお下がりには違いない。

「まあ、そんなようなもんだ」

 やっぱり、と満足して席に戻る美空を遠慮がちに振り返る。

 美空は「ん? まだ何か」と言うように首を傾げていたが、躍斗は意を決したように言った。

「あの……、メールってどうやって見るの?」

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