序章
第1話 躍斗
民家の大きな木に子供が登っている。
木は民家の塀に囲まれているので不法侵入なのだが、そういう事が分からないくらいの小さな子供だった。
塀の下に友達らしき子供がいるので、友達と協力して塀を登り、木の枝に飛び移ったようだ。
下にいる子供は不安そうに上にいる子を見ている。
子供が伝う枝の先には、オモチャの飛行機が引っ掛かっていた。
ウレタンの板を組み合わせて作られた、軽くて水にも強い、駄菓子屋さんでよく売られているような飛行機だ。
子供がそれを回収しようとしているのは明らかだが、大人が見たら大声で注意するのは間違いないくらい危なっかしい様子だった。
足をすくませながらも、尺取り虫の要領で枝の先へと移動するが、先に行くほど枝は細く、強度を失っていく事に考えが及ばないようだった。
ギギッと枝が軋むと、子供の動きが止まる。
子供の掴まる枝から地面まで三メートルはあるが、真下には塀もあり、落ちて打ち所が悪ければ大怪我をするだろう。
子供はこれ以上は無理だと分かったが、この体勢では前には進めても後ろには戻れない事に今更ながら気が付いた。
方向転換しようと僅かに身をよじった時、
「わっ!」
足が滑り、子供の体は枝から離れた。
ヘタに枝に捕まろうとした為に体勢が崩れ、子供の体は回転しながら落下する。
頭が塀の角にぶつかり、その反動で回転方向を変えて地面に落ちた。
まるで石地蔵のように落ちた時の体勢のまま転がる子供を、友達は真っ青になりながら揺さぶる。
大人が見ていれば、恐らく首の骨を折っているから触るな、と怒鳴っただろう。
だが落ちた子供は、はっと気が付いたように動くと、そのままピョコンと立ち上がった。
「あ……、あ~ビックリした~」
だが友達は真っ青な顔のまま、茫然と遊び友達を見上げる。
そこへ木に引っ掛かっていたはずの飛行機がふわりと落ちてきた。
二人は暫くそれを眺めていたが、やがて引きつったように笑い、安堵と共にその声は次第に大きくなっていった。
◇
子供から少し離れた所を、学生ズボンにカッターシャツを着た少年がポケットに手を入れて歩いていた。
先程の光景を見ていたであろうに、全く気にした様子もなく前を向いて歩いている。
その進路の先、少年の前から少し大型の車が、アスファルトを削るような勢いで走ってきた。
それほど速度はないものの、大型の車体を支える硬いタイヤは踏み付けた小石を勢いよく弾き飛ばす。
弾丸のような小石は真っ直ぐに少年の顔、正確には目に向かって飛んできた。
だが少年は顔色一つ変えずに僅かに頭を下げて石を避ける。
石はそのままの勢いで突き進み、民家の窓ガラスを音を立てて砕いた。
少年の名は利賀躍斗。一見何の変哲もない高校生だが、少し前にこの世とあの世の狭間と言える空間に迷い込んで無に帰す所だったが、無事に死神の手を逃れて生還した。
その後も何かにつけて死神に命を狙われたが、元々狭間に落ちたのは彼が不思議な力を手に入れたからでもあるので、その力を使って生き延びる事ができた。
その不思議な力の事を狭間の能力と呼んでいる。
周りから見れば、それはこの世の理に近づいた神のごとき力と言えるのだが、当の本人は周囲にあまり馴染まない、いわば世捨て人と言えるので当初は『魔王』を名乗っていた。
実際問題、先の一件では一度世界を崩壊させている。
その後、運よく世界が戻ったので、少し考えを変えて、世界が崩壊しないように見守る『世界の観測者』が自分の役目なのだと思う事にしていた。
超常的な力を世のため人のためではなく、同じく超常的なものに対してだけ使う事を許される。
気まぐれに力を使うと、先程のように世界は偶然を装って排除しようとしてくる。
しかし躍斗はもとより他人の言う事に素直に従うタイプではない為、先のように割と気にせず力を使っていた。
世界が自分を排除するならすればいい。いつでも受けて立ってやる、と言わんばかりに今日も町を歩いている。
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