最終話 狩り

ステイゴールドに到着する。


乾は車から出ると俺に「中に入ったら、決して声は出すな」と念を押した。

無駄なやり取りはしない、俺はただ頷いた。


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店内には誰もいなかった。

乾は目を瞑り何か呪文のような言葉を呟いている、コートの中で手を組み替えたのか、隠れてる手元が少し動いた。


「拝み屋か、テメェ?、無駄だ、ヤメロヤメロ」

突然、目の前に巨漢が立ちはだかる。風体容貌からして猛が話していたキングだ。


乾の横顔はゆっくりと目を開けて、キングを見やる。


「オマエ、ダレ?」キングが乾を覗きこむ。


「忘れたか?バカは長生きできねえな」乾は、しかめっ面のまま口元だけが歪む。

笑っているのか?


沈黙が流れた直後、キングの顔が歪む。

こちらは笑っていない。


次の瞬間、空気が淀み息苦しくなる。


いつの間にか、キングと乾の間には黒くて分厚い壁が立ち塞がっていた。

壁は「キング?何それ?」と話し愉快そうに笑っている。


壁はどこが目か口なのか、身体なのか、腕や脚なのかも、グチャグチャで分からないのに、何故か、笑っているのが伝わってくる。


壁は(アリンコを潰すプチプチって音が楽しいよね、さあこれから踏みますよ)という表情をしていた。

どこが顔なのかは分からないのに、ハッキリと分かった。


キングは言葉無く、震え怯え縮こまる。キングの巨体はいつの間にか、乾より小さくなっていた。

黒い壁は、さらに高さ厚みを増す。


乾はキングに「俺は忘れていても、コイツは憶えているだろう?」と一方的に話す。


壁も嬉しそうに「キング様は、オレのことも忘れちったの?」ゲラゲラ笑っている。


たぶん腕だろう、壁はぶっとい何かを振り上げる。

その先端には金色のナイフが光っていた。それは普通のナイフと違い、柄の両端に刃が付いていた。


後で調べたのだが、それはヴァジュラという、仏教の法具らしい。


壁は、そのヴァジュラを振りかざしてキングの脳天に叩きつけた。

間が抜けたプチって音がした、唖然とする俺に壁はウィンクした。


直後、キングは凄まじい断末魔をあげて消え去る。俺はその声を聞いて意識を失った。


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今井の声で、俺は意識を戻した。

店の中には、捕まった馬場さんと2人の若衆が裸で縛られ、あとは山口と木村と2人の女、計7人が全員全裸の気絶の状態で発見された。


俺と今井は、山口と木村を縛って事務所に応援を呼んだ。

ここから先は俺の仕事じゃない。


今井の話では、1人乾が店から出てきて『今井さん、樋口さんが呼んでます』と告げた。

今井は空かさず店内に乗り込むと、みんなぶっ倒れていたそうだ。


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俺が店を出ると、もちろん乾は姿を消していた。


通りを照らす夕日で伸びた俺の影が、夜叉に見える。

『嗚呼、俺は取り憑かれたのか』

納得できなかったが、真実に従うことにした『これからは夜叉と共存共栄か』


俺が上手く立ち回れるか、夜叉が俺を貪り尽くすか。

『因果応報だよ、樋口さん』乾の言葉が頭の中にこびりついて離れなかった。(了)

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夜叉狩り 東江とーゆ @toyutoe

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