第23話 白銀の御子の神隠し(2)


「神隠し!?」



タムラが『その話』を聞いたのは、事件の翌々日、ルイスを寝かしつけ、遅い夕食を取っていた時だった。


「ええ。なんでも、リュウトの陸軍の下士官が2名、行方不明になったとか。」

オゼは、街で買い物した際に知人から聞いた話をタムラに伝えた。


「ふうん。陸軍の連中がね・・・。」


タムラは方杖をつき、つい先ほどオゼに淹れてもらったコーヒーをスプーンでくるくると回しながら、オゼの報告を聞いていた。


「・・・ところで、ただの失踪事件が、どうして『神隠し』なんて結滞な呼ばれ方するのさ?」


子どもでも気づきそうな疑問をオゼに投げかける。


「目撃者がいたそうですよ。おとといの夜、帰宅途中の中年の男の方が、その・・・『神様』を見たそうで。」


「かみさま?」


「女の子が、クスクスクス・・・とかすれるような笑い声で、夜の街をふわふわ飛び回っていた、と。そして、足元には行方不明になった士官の名前が入った制服が散乱していたそうです。」


「飛び回るって、神様じゃあるまいし。・・・あ、だから『神様』なのか。」


「ええ。もっとも、目撃したっていう男の方は近所の酒場で呑んだ帰りだったそうで。なにか変な夢でも見てたんじゃないか?って、街の人たちは話してましたけど。」


「ふうん。いなくなったのはもちろん事実だけど、神様云々の件は・・・ん、オゼ?どうしたの、具合悪い?」


いつの間にか目を伏せていたオゼの様子が気になって、タムラは声をかけた。


「あ、いえ。ラグナリア様が行方不明になった時のことを思い出して。」


「あ・・・。」


前領主のアラタ・ラグナリア伯爵が行方不明になったのは、いまから4か月ほど前。

執務のため自室にこもったまま何時間も出てこないのを不審に思ったメイドが部屋の中を確認すると、彼が先ほどまで身に着けていた衣服などをそっくり残したまま、忽然と姿を消していた。


「――そのメイドって、もしかしてオゼのことだったの?」


オゼがゆっくりと頷く。


「ラグナリア様から部屋の合い鍵を預かっておりましたので。夕餉の時間を過ぎても1階のダイニングに降りてこられなかったので、それで・・・。」


オゼは口元に手を当て、鼻をすすった。


「オゼ、大丈夫?」


「すみません・・・。ラグナリア様には公私ともに大変お世話になりました。この眼鏡も、伯爵様に買っていただいたものなんですよ。」


「そっか。オゼにとって、思い入れのある方だったんだね。」


主を失い、他の使用人たちが次々と屋敷を離れていく中、彼女がどこの馬の骨とも知れぬ自分に仕えるためわざわざ残っていてくれた理由が分かり、タムラは少しうれしかった。


「ううん・・・それにしても、この2つの事件、身に着けていたものを捨て置いていくあたり、よく似ているなあ。それに、どこまで事実かはわからないけど、その酔っぱらいの人が見たっていう女の子も気になる・・・。」


タムラはぬるくなったコーヒーを一口啜る。


「ねえねえ、その女の子って、何か特徴でもあるの?」


『女の子』というワードに妙に食いついてきたタムラを、オゼは訝しんだ。


「―――あの、タムラ様。ルイスの次は、幼女の姿をした『神様』を口説くおつもりですか?確かにタムラ様は美形でいらっしゃいますし、結構おモテになるのでしょうけど、さすがに子供はちょっと・・・。」


「むう、なんか心外だなあ。僕は真面目に考えてるつもりなのに。」


タムラは、子どものように頬を膨らませて抗議した。


「はあ、わかりましたよ。私が聞いたところによると、その子は大体8、9歳くらいの背丈で、身体は痩せていて、目を真っ赤に腫らしていたそうです。それから・・・。」


オゼは身を乗り出すと、久しく切っていないタムラの銀色のもみあげを一束、細い指でつまんだ。



「銀髪・・・とても長い銀髪だったそうです。そう、タムラ様のこれと同じ。」


「え・・・オゼ? もしかして君は・・・。」


タムラの心臓がドクンと鳴った。

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