第18話 聖なる夜に(4)


「ルイス・・・? ああ、寝てしまったのね・・・。」


布団にくるまっていた「ルイス」は、いつの間にか、静かに寝息を立てていた。


オゼはずり落ちた毛布を掛け直してやると、音を立てないように自分の寝室へ戻って行った。


「ばかね、私。あんな話聞かされたって、面白いわけないじゃない・・・。」


話がよほどつまらなかったのか。

あるいは、ただ単に満腹で眠くなったのか。

何れにせよ、自身の回想をおとぎ話仕立てにするのはあまりに滑稽だった・・・と、オゼは自嘲した。


「ふう。」


オゼは自室の照明を落とし、ベッドに入った。


「ルイス・・・。」


瞼の裏には、翡翠色ではなく、黒髪の「ルイス」の姿。

彼女の足には、赤い小さな長靴。


「ごめんね、ルイス。お姉ちゃん、約束守って上げられなかった・・・。」


つううっと、涙が頬を伝って零れ落ちた。


15年前。

妹を弔うために買った赤い長靴は、程なくして、空き巣の餌となってしまった。

仕事を休み、町中を駆けずり回って三日三晩探し求めたが、結局徒労に終わった。


長靴は、決して高価なものではなかった。

でも、だからこそ、盗みのターゲットとなったことが、堪らなく悔しかった。


「ルイス。ルイス・・・。」


屈託のない笑顔で、ガッポガッポと不細工な足音を鳴らしながら、雪道を駆けていく黒髪の妹。

その姿を追いかけながら、オゼは眠りについた。





「―――んっ、まぶしい・・・。」


よほど疲れていたのだろうか、日の光を浴びながら目を覚ましたのは、物凄く久しぶりのことであった。


「あら、ルイス・・・?」


オゼの視界にぼんやりと映る、翡翠色と紅色のイルミネーション。


眼鏡を掛けると、そこには満面の笑みを浮かべるルイスの姿があった。


「おはよう、オゼ!!」


ルイスは、歯を見せてニカッと笑うと、その場で駆け足をして見せた。


「え・・・!?」


ガッポガッポと、不細工な足音を鳴らすルイス。

彼女の両足には、あの赤い長靴。


「どう・・・して・・・?」

「かわいいでしょ、このながぐつ!せんとくりす様からもらったんだよー♪」


明らかに新品ではない、傷や泥のついた、赤い長靴。


「ああ・・・、それは!」


間違いない。

それはかつて、オゼが『ルイス』を弔うために買った、思い出の長靴。


「ルイスね、このながぐつで、ゆきあそびしてくる!」


そう言うと、翡翠色の髪の「ルイス」は、長靴を履いたまま、寝間着姿のまま、雪の積もった屋敷の中庭へと駆け出して行った。


「危ないよ、ルイス!・・・まったくもう。あ!おはよう、オゼ。起きてたんだ。」


ルイスと入れ替わりに、寝間着姿のタムラが寝室に入ってきた。


「いやぁ、あれでよかったのかなあ・・・? あの長靴、街の雑貨屋で見つけたんだ。特に何の特徴のない中古の長靴なんだけどさ、何故か妙に気になっちゃって・・・。ほかにも玩具とか、かわいいぬいぐるみとか色々あったんだけど、小一時間迷った後、結局あの赤い長靴を買っちゃったんだ。」

「タムラ様・・・。」


タムラは、寝ぐせのついた銀髪をくしゃくしゃとかきながら、

「ははは・・・。僕、センスないからさ。せっかくオゼにお膳立てしてもらったのに。ごめんね、オゼ。」


オゼの両眼から、涙がつうっと零れ落ちた。


「ええええ!オゼ、泣いてるの!?僕のチョイス、そんなに酷かった!?」


オゼは掛けたばかりの眼鏡を取り、涙をぬぐうと、にっこりと笑って見せた。


「いいえ、そんなことありません・・・!最高の、プレゼントですよ!」



雪の積もった冬の日の朝。

澄み切った青空の下で、赤い長靴を鳴らしながらはしゃぎまわる「ルイス」の笑い声。



「よかったわね、『ルイス』。」


空に向かって呼びかけた。




――ありがとう、お姉ちゃん。


そんな妹の声が、聞こえたような気がした。

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