第17話 聖なる夜に(3)

むかしむかし。


あるところに、「ルイス」という女の子がいました。


くりくりの大きな黒い瞳と、長い黒髪がとてもよく似合う、可愛い女の子でした。


ですが、ルイスは体が弱く、いつも床に臥せていました。


「・・・ルイス、つらいの?」


ルイスのお姉さんは、薄い布団の中でせき込むルイスに、やさしく声をかけました。


「うん、大丈夫だよ。おねえちゃん。」


ルイスはゆっくりと身体を起こし、頑張って笑って見せましたが、顔色はとても悪く、頬は痩せこけていました。


ルイスの家はとても貧しく、二人の住む部屋は、隙間風の吹きこむ、壁の薄い粗末な長屋でした。

半年ほど前にお母さんが亡くなり、お父さんは海軍の兵士で、アマテリアから遠く離れた南の島にいます。


「お父さんはいつ帰ってくるのかなあ・・・?」

「きっと、もうすぐよ。ルイスが元気になったら、きっとすぐに・・・。」


小さなちゃぶ台の上には、お父さんから届いた手紙が何枚もありました。


「ルイス。もう少ししたらお父さんのお給料が入るから、あなたの身体を治すお薬が買えるわ。だから、それまで頑張って。お父さんに元気な姿、見せてあげないとね?」


ルイスは小さくうなずきました。


「あのね・・・ルイスね、元気になったら、雪遊びしたいの。」


窓の外には、1メートルほどの雪が積もっていて、近所の子供たちが元気に雪合戦して遊んでいました。


「わかったわ。お薬飲んで・・・、元気になったら、一緒に遊ぼうね。」

「うん。約束だよ、お姉ちゃん。」




しかし。


お姉さんの看護もむなしく、間もなくして、ルイスちゃんは黄泉の国へ旅立ってしまいました。


「ルイス、ごめんね・・・。約束まもってあげられなくて・・・。」


名前が刻まれただけの大きな石。その下で眠っているルイスに、お姉さんは泣きながら、何度も謝りました。



その後、お姉さんのもとに、お父さんが海賊との戦いで戦死した、との知らせが届きました。



一人ぼっちになったお姉さんは、住んでいた部屋を引き払い、ある貴族様の屋敷で住み込みで働き始めました。


炊事、洗濯、掃除。時には偉いお客さんの応対や、会計の仕事まで。


とても大変でしたが、一生懸命働いたおかげで、他のメイドさんや屋敷の主人にも一目置かれるようになり、お給金もたくさんいただけるようになりました。


ですが、亡くなったルイスちゃんとの約束――


❝一緒に雪遊びしたい。❞


そんなささやかな妹の願いすらかなえられなったことを、お姉さんはずっと後悔していました。



ある冬の日。

給金を貰って家路についたお姉さんが、雪の積もった街を歩いていると、靴屋さんのショーウィンドウに、子供用の長靴が飾ってありました。


なんの変哲もない、だけど、ルイスの足にピッタリであろうサイズの、赤い長靴。


「これさえあれば――」


お姉さんは、その日貰ったばかりの給金をはたいて、その赤い長靴を買いました。


いざ履いてみると、お姉さんの足には合わず、とってもキツキツでした。


ですが、亡くなったルイスを身近に感じられるような気がして・・・。

守れなかった約束を、果たしてあげられるような気がして・・・。


長靴に無理やり足をねじ込むと、雪の積もった道を駆けだしていきました。


途中、何度も転んで、靴の中は雪でぐしょぐしょになってしまったのですが、擦りむいた膝の痛みや、カチカチに冷えた足の指の感触が、妙に愛しく思えたのでした。



――ルイス、あなたは楽しい?


雪の降る街の中を、お姉さんは何度も転びながら、楽しそうに駆けて行ったのでした。


――うん、楽しいよ、お姉ちゃん!


満面の笑顔で。


そう答えてくれるであろう、妹の影を追いかけながら――。

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