第15話 聖なる夜に(1)
玲和3年12月24日。
相変わらず北風吹きすさぶリュウト市街地の広場の中心に、色とりどりの装飾が施された、大きなもみの木が生えていた。
夕飯の買い出しに訪れていたオゼは、もみの木のてっぺんにささった星形の装飾を仰ぎ見ていた。
「ふふっ、今日は『セントクリス祭』の前夜祭でしたね。」
『セントクリス祭』とは、欧州の多くの国々で信仰されている『マリア聖教』の最も重要な祭事のことである。
今から1891年前―――“欧暦”という欧州の暦の起源とされているマリア聖教の教祖『セントクリス』の誕生を祝い、24日の夜から25日の朝にかけて、唯一神マリアから賜る多くの糧に感謝しながら、人々は、自分の家族や恋人、あるいは親しい友人と共に穏やかな時間を過ごす。
もっとも、マリア聖教圏から遠く離れたここアマテリア皇国においては、宗教的要素はほぼ皆無で、ただ単に親しい者たちと飲み食いしてどんちゃん騒ぎする絶好の機会、という程度の認識でしかない。
多神教国家で、人と神が結構近しい関係にあるこの国の宗教観というのは、つくづく寛容というか、いい加減なものである。
とはいえ、小さい子供のいる家庭においては、いくらか宗教的(?)な意味合いも、まあ、少なからずあるようで・・・。
「あ、そういえば。ルイスに渡す、セントクリス祭のプレゼント・・・。タムラ様が用意してくださると仰ってたけど、何なのかしら?」
子どものいる家庭では、真っ赤な衣装に身を包んだ太っちょのセントクリス様が、夜中、子供たちの枕元にプレゼントを置いていく・・・というイベントがある。(無論、セントクリス様の正体は、愛する我が子のためにこっそりプレゼントを用意し、喜ぶ姿を期待する親だ。)
「ただいま戻りました。」
屋敷に戻り、炊事場へ向かうオゼ。
「あ、オゼ!おかえりー。」
「オゼ、おかえりー!!ルイス、おなかぺこぺこー!ごはんまだー?」
炊事場へ向かう途中、リビングのソファでくつろぐタムラとルイスから挨拶を受ける。
「はいはい、今用意しますよ。・・・あら、タムラ様?どうされました?」
「あ、あのさ、オゼ。ちょっと困ったことになったんだ。実は・・・。」
セントクリス祭を題材にした子供向けの絵本に夢中になっているルイスの目を忍んで、タムラはオゼに耳打ちした。
「・・・ええ!お昼寝しちゃったんですか!?」
「そうなんだよ。なんでも、『セントクリス様と遊びたいから、ルイス、今のうちにいっぱい寝て、夜はがんばって起きてるの!』っていうことらしい。」
ホント参ったよ、と、サラサラの銀髪をくしゃくしゃに掻くタムラ。
今宵の『セントクリス様』の役を買って出た彼にとって、ルイスの“作戦”はまさに想定外であった。
「はあ、仕方ありませんね。どうにかして、ルイスには早く眠ってもらう、仕向けませんと。」
「申し訳ない、オゼ。僕も頑張ってみるよ。・・・って、ルイス!?」
炊事場のひそひそ声を聞きつけたのか、タムラ達の後ろで、ルイスが指をくわえて立っていた。
「ル、ルイス。もうちょっと待ってなさい。今、七面鳥焼くから。」
そう言いつつ、大根を片手に、泡だて器を取り出すオゼ。
普段は沈着冷静なオゼが、ここまでテンパるのは非常に珍しいことである。
「ルイス、ねないもん!」
「え、ルイス・・・?」
「ルイス、がんばっておきてるの!せんとくりすさまに、ちゃんとあうの!あって、いっしょにあそぶの!ふたりはじゃましないで!」
ルイスはそう言い放つと、不機嫌そうにリビングへ戻って行った。
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